第4話 引いて駄目なら押し倒せ

※同意のない性行為を連想させる描写、外傷の描写があります。閲覧は自己責任でお願いいたします。

※特定の宗教を示唆するような単語や描写がありますが、登場人物の価値観を描写することが目的であり、信仰を否定する意図はありません。

閲覧は自己責任でお願いいたします。




神父様は教えてくれた。

悪魔は美しい容姿をしている。それは善人を誘惑し、地獄へ導くためだと。


神父様は更に教えてくれた。

私は悪魔の手先魔女だから、男を誘惑し誑かすのだと。


神父様はそう仰ると、乱暴に少女の純潔を奪った。



♡♡♡



「っ、!」


乱雑に扉を閉める音が聞こえたかと思うと、固い何かに…恐らく扉に手首を縫い付けられ、背を強く打った。


「説明しろ」


硬い彼の声と共に視界を塞いでいた上着が剥ぎ取られる。明暗の変化に歪んだ視界を整えると、そこはニールの自室のようだった。私は場所を把握しつつ、彼を宥めるために声を出す。


「誤解だニール、私は新人くんに尋問をしていただけで浮気ではない。自白剤を使う為にあの距離感にいたに過ぎないんだ」

「…成程、口付けしようとしたのか。それもそんな恰好で」

「っ、キスでなく口移しという合理的な手段だ!それに服装は…、その……、洗濯が間に合わなくてね。以前着ていた衣服しか残っていなかったんだ」

「嘘を付くな。お前の魔法があれば家事など一瞬で終わるだろう」


その魔法のお陰で涙の跡は消せたんだがね。まさか自分の有能さに苦しむ日が来るとは。

普段はチョロ…人を信じやすいニールだが、クソ固貞操観念を持つためこういった内容には人並に鋭くなる。貞操観念がガバガバな私にとっては中々に厄介だ。上手い言い訳が浮かばず、見下ろす鋭い視線から逃げてそっぽを向く。すると頭上から溜息交じりの言葉が降ってきた。


「その娼婦のような衣服、いい加減捨てたらどうだ」


娼婦。…君の言葉は、随分と真っすぐだな。時に私を傷つける程の率直さが、出会った当時を思い起こさせる。



魔女狩りの歴史や快楽を悪とする宗教の影響もあり、私はいつだって後ろ指を指されていた。

困った時は魔女に頼る癖に。を抱く男には純潔を求めない癖に。人とはなんと愚かで矛盾に満ちた存在なんだ。そうやって人々を軽んじて、人間を快楽の道具として使い欲に溺れて…。人を見下し自分本位に扱うことで、私は孤独から身を守っていた。


騎士団員君達を救ったのは、戦場にいて女に飢えた、かつ体力のあるディルドが惜しかったからだ。セフレ探しも楽じゃないんだよ。よって貴方に表彰される労われはない」

「……でぃるど?せふれ?」

「あー…、要するに、君達を救ったのは、私に利益があるからだ」


数日前治癒魔法でセフレ共とその仲間を癒したら、彼らの長である騎士団長様が家に来て表彰したいとか言い出した。目の前に座る常識と性知識のない彼に頭を抱えながら、私は口を開いた。


「もしかして君、頭や精神に治療が必要なんじゃないか?」

「俺の心身は至って健康だが。治療したのはお前だろう」


ディルドもセフレも魔女を表彰した結果どうなるかもわからない成人男性が健康であってたまるか。そんな思いを溜息に落とすと、私はこの頭のおかしい騎士団長様に説明を続けた。


「私は魔術師、しかも魔女だ。さらに言うなら誰とでも寝るような糞ビッチだ。この意味がわかるだろう?」


悪魔の手先、神に逆らう売女。魔術師がそう呼ばれていた魔女狩りの時代は過ぎ去った。それでも当時を生きた人間はいて、その価値観は根付いていて、至る所で魔術師私達を苦しめる。

…あの日もそうだった。助けを求めた先に待っていたのは、少女を非難する大人達の罵声。


―――少女のなりをして神父様を誑かすとは、なんて浅ましい魔女なんだ!!!


そんなつもりはなかった。ただ神父様を慕っていただけだった。それを誰も信じてくれなかった。…私が、悪魔の手先だから。

どうせ私は神に背く売女。ならあの日の痛みを、苦しみを、悲しみを、…あの過去を麻痺させるような快楽に溺れてしまえばいい。


何度拭おうと消えない過去に目を伏せ、そっと手元のティーカップを持ち上げる。揺れる紅茶の水面には、感情の読めない自分が反射していた。…何年も前のことを引きずった、情けない私。それを見ていられなくて、認めたくなくて、液体を一気に流し込んだ。喉が圧迫され苦しいが、喉元過ぎば何とやら、だろう?

やけに胃に溜まる水分消化不良の過去に気づかないふりをして、私は口を開いた。


「わかったら、それを飲みきったら帰ってくれ」


これで話は終わりだ。そう言外に込めてカップを置いた瞬間だった。


「侮辱するのも良い加減にしろ」


その低音は、やけに自然と耳に入ってきた。


「我らの王が、そんな負の歴史に引き摺られる訳がないだろう!」


―――本気で言っているのか、こいつは。

目の前の男の言葉に、そんな思いが沸き起こる。


あの残酷な時代から、そう時は流れていない。前の王は…君の王とやらの親は、本気で魔女が悪だと信じて迫害し、とある民族の魔女を絶滅まで追い込んだ。その親の教育を受けた子ども、それが今の王だ。その王が親のしたことを負の歴史だと認めていると?その上悪魔の手先を表彰する?神に逆らう売女に感謝を告げる?私はあんな目に合ったのに??


(世界を知らない盲目的な信者が…ッ!)


怒りにより顔を上げた先、待っていたのは真っすぐな怒りを乗せた眼。魔女への差別が過去のものだと信じて疑わない、偽善や差別の色が一切ない、純粋で純真な視線。そこにあるのは、王への愚弄に燃える怒りだけだった。…その真っ直ぐさが、私の中にあった何かを貫く。


「―――っ、」


この男は、本当に心の底から、私を表彰できると信じている。


―――愚かな。


ああ、そうだ。思い出した。戦場で見た、一等愚かな男の姿を。

今にも絶えそうな呼吸音、腹部から覗く臓器と肉、溢れ出る鮮度の高い血液…。彼はそんな死に際でも十字架を握り、戦士死者に向かって弔いの祈りを捧げ続けた。


騎士団員が王から与えられる鉄製の十字架。死に際にそんなものを持つ男。

自分も確実に死に行く状況で、慈悲の乞いでなく仲間の弔いをする男。

彼は身分で決まった騎士という立場に誇りを持ち、対して関わったことのない王に忠誠を誓い、存在するかも定かでない神を信仰する。


正直に言おう。その姿は余りにも愚かだった。というよりも、元来人間は愚かで、矛盾に満ちていて、快楽の道具としてしか使い道のない存在。彼は、その中でも一等愚かだった。



愚かな程に真っ直ぐで、純真で、美しかった。



神、王、仲間…、自分の信じる者と直向きに向き合うその姿は、私の心を揺さぶった。だって、余りにも眩しい。

何度も何度も、人間に裏切られながら生きてきた。というよりも、最初から信頼を寄せることのできる環境にいなかった。でも君なら、君なら信じていいんじゃないかと思わせてくる。そんな存在は初めてだった。



「―――君は、あの時の彼だったのか。」


ぽつりと声が漏れる。そんな私の態度に、目の前の…私を表彰させようとする彼は「何の話だ!!まだ話は終わっていないぞ!」と声を荒げる。王が差別主義者だと思われるのが心底許せないらしい。その怒り心頭の姿が“彼”らしくて、私は思わず笑みを漏らした。


「なぁ騎士団長さん、表彰なんてどうでもいいから、君の名前を教えてくれないか?」












「―――考え事とは、随分と余裕だな」


ニールの声が私を過去から現実へと戻す。それが聞こえたかと思うと、責めるように彼が距離を詰めた。近くなった彼から香る花は、純潔の象徴と呼ばれるもの。純潔、神に逆らう売女とは程遠い、白百合の花。

…私が汚れていることなんて、嫌という程知っている。だから私は彼に惹かれ、その眩しさに救われた。


ああ、ニール。真っ直ぐな人、純真な人、美しい人。そんな君にとって、悪魔の手先はやはり汚れて見えたのかな。君も魔女に誑かされて、正気を失っていただけなのかな。

…いや、君は汚れに気づかぬ程に美しく、その澄んだ眼が曇ることはない。ただ君は、私よりも優先する存在がいただけだ。


「…」


正面を見ると、彼が私の言葉を待っていた。


鋭い程に真っ直ぐな眼、意志強く結ばれた厚めの唇、無駄な長さのない艶のある短髪…。彼を構成する一つ一つの要素が、私の胸を締め付ける。

ああ好きだ、好きだ、どうしようもなく大好きだ。どう取り繕えば私は君に愛して貰える?清楚系が好みならいくらでも演じてみせよう。ほら、愛らしく君の本命になりたいと涙を流そうか?それとも健気に本命に気づかぬ振りでもしようか?

いつものようにそれらしい行動をなぞろうとするけれど、本当は分かっていた。


清楚系になろうとした清いふりをした結果が、これだって。


「…っはは、馬鹿みたいだ、」


出した声は、震えていた。


「…馬鹿とはなんだ」


思わず漏れた嘲笑と言葉は、当たり前だが目の前の彼に届いたらしい。


「ああ、今のは君のことではなかったけれど、君も対外馬鹿だと思うよ」


別れを切り出さずに、他の女に手を出すなんて。…どうせ、別れを切り出したら可哀想だとか思ったんだろうけれど。


「ねえニール、君がこうして私を拘束できる理由を知りたくないかい?」


身体能力以外に何がある。そう言わんばかりの彼の怪訝な表情に、私は思わず笑ってしまった。ふふ、そうだよね、そうだよねえ。自分の方が身体能力は高いって思ってるよね。勿論それは間違えじゃない。

―――でも私、数万の騎士団員を治療できる程の魔法力を持っているんだよ?


「縺ク縺?°繧ゅs閨キ遞ョ縺。繧?s」


呪文を唱えた瞬間、床から滑りを帯びた生物達が―――私の愛する触手ちゃん達が召喚された。


「駄ぁ目♡」


瞬時にニールの手が私の手首から離れ、腰にある剣を抜こうとする。それに対し砂糖を煮詰めたような声と共に指を鳴らし、武器を異空間に転送した。


「私が頑張って調教した触手ちゃんを殺そうとするなんて、お行儀の悪い手だな♡」


空を切る彼の手を取り、指を交差してぎゅっと握る。ああ、相変わらず傷と豆だらけの愛しい手。この指の腹で私の膣を撫でて抉って虐めたくせに、私以外を抱くなんて。愛しさと憎しさが相まって、手首から切って占領したくなる。指先にキスを落として舐めしゃぶり疑似フェラしている間にも、触手が彼と私を絡めとり、そのままベッドへと運んでくれる。


「っ、まだ話は終わっていないだろう…ッ!」


触手にベッドに降ろされ、両手両足を拘束されても彼が抵抗しようとする。淫眠作用のある粘膜に包まれたのにまだそんな余裕があるのか。ニールの腹を跨いで座る私は、君が身じろぐだけで大洪水なのに。

私だけが高ぶっているのが悲しくて、頬に手を回し唇を重ねる。少しカサついた柔らかな感触に興奮して腰を揺らすと、秘部に彼の熱を感じた。なんだ♡君も十分感じているじゃないか♡♡♡


「話なんてもういいだろ♡お喋り以外に君の口を使ってくれ♡♡♡」


彼が興奮していることを確認できた私が唇を離すと、肩で息をするニールがいた。目の前の雌を喰らわないようにするだけで精一杯な、私を拒絶する余裕のない彼。

フーッ、フーッという獣のような呼吸、理性を手放す寸前のギラつく視線、唇の隙間から覗く噛み締められた奥歯…。ああその姿!!あの清くて純真で真っ白でクソ真面目な君を、ぐちゃぐちゃに汚せるという期待と興奮が私を襲う。あの夜見せてくれた欲に溺れた姿を、最後に私に見せてくれ!!!


「ああああニールニールニール!!!!!とびっきり気持ち良くするからね!私以外とセックスする度に、他のまんこは微妙だって思うくらい!!!」


これが最後なんだから、染み付いて取れないように汚させて。私を置いていくのなら、私のことを忘れないで。ちゃんと身体でおぼえていて。



ああ神父様、私はこれから罪を犯します。でも禁じられたことってやりたくなるものでしょう?手の届く範囲に果実を置いた神様が悪いのよ♡♡



あの日の神父様貴方のように、私は純真な彼に覆いかぶさった。

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