第3話 NTR地雷です

街に降りたのはいつぶりだろう。人里離れた私の移住地とは違い、賑わいの溢れた中央街を見渡す。どこからか聞こえる音楽に耳を傾けていると、2つの愛らしい声が飛び込んできた。


「ちょっと!今日は私の買い物に付き合うって言ったじゃない!」

「う、うちの酒場お店に来てくれるんじゃないんですか…?」


視線を移した先にいたのは、ポニーテールの勝気な女の子…新人くんの幼馴染の女剣士ちゃんと、ディアンドルのよく似合う三つ編みの子…村一番の美人と名高い酒場の看板娘ちゃんだ。この2人がいるということは…。そっと彼女らから視線をずらすと、そこにいたのは案の定新人くんだった。


「えっと、3人で買い物に行って、その後店に行けば良くないか?」


合理的な提案だがそうじゃなんだ新人くん。自覚はないようだけど、君はデートのダブルブッキングという重罪を犯したんだよ。

彼の鈍さに既視感を覚える。交際前のニールを初デートに誘った際、彼は命を助けた恩として雑用係を任されていると勘違いしていたという。「(買い物に)付き合う」と理解するという絵に描いたように王道な間違え。その愛らしい間違えに理性を焼かれ、宿屋に連れ込みそうになったのは良い思い出だ。


……ん?ニールといえば、新人くんは今ニールにしごかれている(not下ネタ)筈では…?


「―――新人くん、何故ここに?」


ニールと私の時間を邪魔しておいて、さぼったとは言わせないよ。一瞬で数十mの距離を詰め背後に現れた私に驚いたのか、「うわっ!」と彼が驚きの声を発した。


「リリアさんいつの間に!?」

「私の質問に答えたらその質問に答えよう。それともあの日のように自白剤を口移ししてあげようか?」

「「ダメに決まっている(じゃない/でしょう)!!!」」


テンプレWヒロインちゃん達は黙っていてくれないか。声を揃えて抗議する2人を無視して自白剤を口に含み新人君に顔を近づける。すると彼が慌てたように声を発した。


「僕、団長と稽古の約束していません!何かの勘違いだと思います!」


…え?思わず自白剤を飲み込みそうになり、慌てて道に吐き出した。


「っぷは、それは一体どういう…」

「どうって言われても…」


彼が赤面になりつつ返事を返す。女性(私)と至近距離にある状況に熱が冷めていないようだ。いつもハーレム状態にいて異性には慣れていると思っていたが、割と初心で年上キラーな要素もあるらしい。


おっと、今はそんなことを気にする時ではないんだった。あのニールが、『意味なく人に嘘を付いてはいけない』を地でいく余り真顔で童貞だと白状したニールが、私に嘘を付いた。それが問題だ。


意味のある嘘…。熟考して思い出すのは、キスを取りやめた彼の姿。


……私と朝を過ごしたくなくて、優しい彼はそれを伝えることが出来なくて、嘘をついた、とか。


一つの可能性に、思わず息を飲む。否定しようにも彼が私を避ける要素が多すぎた。処女を良しとする彼の宗教、幾多の男と…時に女性とも夜を過ごした過去、それを悪いとは思えない私…。いくら隠語を矯正し趣味じゃない服を着ても、本音を何度飲み込んでも、私の本性も初夜あの晩の出来事も変えられない。


初めて共に迎えた朝の彼の様子を思い出す。交わることのない視線、それとなく避けられたスキンシップ、そそくさと去っていく彼の背中…。戸惑いを感じて手を伸ばしても、それが届くことはなくて。


「……り、リリアさん…?」


新人くんの声にはっと我に返る。目の前には私を心配そうに見詰める彼の姿があった。


「あ、すまな――――」


彼に心配させまいと笑顔を作ろうとして、『それ』が目に入った私は息を呑んだ。


股下2mの高身長、シンプルな装いによって却って惹きたてられる肉体美、その整ったの顔面はいつもに増して眉間に皺を寄せており、目線だけで人を殺せそうな勢いで…!

間違いない。新人くんを越えた先、たまたま通りがかったであろうニール(激怒)がいた。


(まっっっっずい…!!!!!!)


客観的に自分の状況を振り返り冷や汗が止まらなくなる。キスまで秒刻みの距離間にいる新人くん、どうにか距離を取らせようと私を引っ張るWヒロインちゃん(力が弱すぎて一ミリも動かないが)、極め付けは私が着ている童貞を殺す服…!っく、ニール以外の前では以前の普段着を着ていたのが仇になってしまった…!!


どうしよう。どう軽く見積もっても今の私は『恋人がいながらデート中の新人くんに手を出そうとした露出度高めのクソビッチ』だ。誤解だニール。清楚系私はそんなことをしないし、浮気する気は微塵も無い!!


「よしニール落ち着いてくれまずは話をしよう」


あとそれ以上のこともしたい…!再度一瞬でニールとの距離を詰めると、彼のオーバーサイズの上着が私を迎えた。


「…上着を着ろ。話はそれからだ」

「あ、ああ…、分かった。」


無暗矢鱈に肌を晒すことを良しとしない彼の習性、いつものパターン。それに従うために被せられた上着を着直そうとしたが、その前に彼が私の手首を強く引く。…いつもより余裕がない。やはり、私が浮気をしたと思っているのだろうか。

服で顔が覆われている状況なんて犯罪者のようだが仕方がない。促されるままに彼の後に続こうと、足を踏み出した瞬間だった。


「―――っ、」


ふわりと、花の香が私を包むこむ。魔法薬を扱う私からは、決してその匂いは香らない。

…それを放つのは、私を包む彼の上着で


『僕、団長と稽古の約束していません!』


脳裏に過る新人君の言葉、キスを辞めた今朝の彼、彼が私に嘘を付いた理由。

そのすべてが重なり、目の前が真っ暗になった。



―――ニール、君は今朝、一体どこで何をしていた?



…ねぇ、今朝キスをやめたのは、花の香りの持ち主君のお相手を愛しているから?初夜にはしたなく乱れた時点で、君には気持ちが無くなっていた?

だって君は純潔を好む。私と違って、愛する者としかキスなんてできないだろう。


「…っ、」


前を歩く彼に、私の表情なんて伺えない。それでも見せられたものじゃなくて、空いた手で上着を深く被り直す。すると香がより濃く包み込んできて、目頭が余計熱くなって、馬鹿みたいに惨めな気持ちになった。


強く引かれ痛みを訴える手首、塞がれた視界、沈んで底へ落ちていく気分。罪人のように歩くこの状況は、薄暗い過去を思い出させる。


非処女で男を誑かす悪魔の手先魔女、神に逆らう売女、

…どこからか、そんな声が聞こえた気がした。

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