第9話 「風鈴と向日葵」
日差しが僕達に容赦なく降り注ぐ夏。
この季節が僕は1番嫌いだ。暑いししんどいし外に出ても良いことなんかひとつもない。ここまで暑いというのにどうして学校に行かなきゃいけないんだろう。新手の児童虐待だろうか。そんなことを考えながらなんとか教室に着く。自分の席に荷物を置きぐったりしていると
「皆おはよう!今日もあっついけど頑張ろうなぁ。水分こまめに摂れよー!」
と佐久間先生が爽やかに言う。佐久間先生はフレンドリーな人で、男女問わず人気のある先生だ。クラスの皆からはよく「さっくん」と呼ばれている。
丁度ホームルームのチャイムが鳴り佐久間先生が朝の号令をしようとしたタイミングでバタバタと走る馬鹿が勢いよく教室に入ってきた。
「おーい冴島、遅刻ギリギリだぞー。ていうかこんな気温でよく走ってこれるな。冴島の頑張りに皆拍手!」
予想外の拍手に若干の戸惑いを見せる彰を面白がりながら、ふと後ろの方に目をやる。
今日は彼女がいない。毎朝早く登校している彼女がこの時間になっても学校に来ていないという事は欠席なのだろう。
「今日は森元が欠席だから掃除だったりその他色んなこと皆で分担してやるように!熱中症に気をつけて今日も乗り切ろうなー!じゃあ朝のホームルーム終わり!」
と朝から元気良く佐久間先生が言った後、クラスの男子が不安を零した。
「来月から文化祭始まるけど案出すのとか作業とか仕切ってたの森元さんだからなぁ。いないとなると俺らはどうすれば良いんかな」
この男子が言っているように、僕達の学校では来月から文化祭が始まる。毎年かなり手の込んだものを用意するらしく、全学年が勉強のことを忘れて取り組む体育祭と並ぶビックイベントだ。
うちのクラスではメディア班と運営班に別れ、メディア班はステージでダンスをやり運営班は食べ物などを売って収益を取る。そしてその全てに関わりまとめていたのが彼女だった。
ちなみに僕は何故か知らないがメディア班に組み込まれ、たいして経験の無いダンスをやらされている。ダンス経験者の女子に毎日放課後残され説教。最早イジメと言っても良いレベルなんじゃないか?
「ちょっと如月!そこの振りが違う!」
そう怒鳴りながら僕に詰め寄ってくるこの人は柊木昴。休み時間などいつも森元さんと一緒にいるこの人はどういう訳か僕にだけ当たりが強い。特に関わった記憶も無いんだが、イマイチ女子の考えていることが分からない。そんなことをぼんやり考えていると
「ちょっと!聞いてるの!」
と怒号が飛んできた。マズイ、これ以上怒らせると帰りが遅くなる。それだけは避けたいし、こんな疲れることは出来るならやりたくない。そこで僕は1つ提案をした。
「ごめん、僕ダンスはからっきしだから今からでも運営班に移動させて貰えないかな?」
そう言うと、柊木さんは大きく溜め息をついて
「私だって出来るならそうしたいよ。でも智亜貴が如月をメディア班に入れておいてって言ってたから仕方ないでしょ?」
彼女が僕を?益々分からなくなってきた。僕がダンスなんて踊れないことは彼女が1番分かっている筈なのに。
「ま、そういう訳だから如月はずっとこのままメディア班ね。あんた微妙に顔は良いんだからそれで本番踊れなかったら卒業するまでネタにされるよ。」
そう言い自分の練習に戻って行った柊木さんは、このクラス唯一のダンス経験者だ。それに対して僕は中学の頃より体力も筋力も多少落ちているから余計にしんどく感じる。空き教室で汗を流しながら踊りなんとかして上達しようとするが中々上手くいかない。休憩中にふと柊木さんに目をやると、流石にダンス経験者と言うだけあって動きに無駄がない。あまりのカッコ良さに水分補給しながら見惚れていると
「ちょっと!いつまで休憩してんの?早く練習して!」
とその踊りの滑らかさとは真逆の厳しく棘のある言葉が飛んできた。今日の最高気温は34℃。外から涼しい風が吹いてきて僕達の体を冷やしてくれるがほんの一時しのぎにしかならない。
本番まであと1ヶ月、なんとしても踊れるようにならないと。そう決意し練習に戻ると僕達を通り過ぎていった風の先から、風鈴の高く澄んだ音色が聞こえてきた。
「よし、頑張ろう」
それから暫く、その音色が止むことは無かった。
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