第1章 第16話 逢魔ヶ森の小冒険 その3


尻もちを付いたままずるずると後ろに移動したが、背中が大きな木にぶつかってしまった。

もう、後ろに下がれない。目の前のティラノ親父から目が離せない。鋭く大きな牙が並んでる。


俺は、もう、目を閉じて両手を振り回して叫んだ。

「ま、待て!やめろ!タンマ!食わないでくれ!」

「俺なんか美味くないぞ!腹こわすぞ!」

「腹の足しにならないし、もっと食いでのあるのがあっちにあるぞ!たぶん!」

「いただきますはしたのか?!母さんの怒られるぞ!」

「俺なんか食ったら、……」


あれ、なんか変だな?…食われてないよ?

そっと目を開けると、目の前はティラノ親父の顔があるが、口は閉じてる。

なんか、困った様な顔をしているぞ?


「食べないのか?……そうか。……うん、お前はいいヤツだな!うん、分かっていたとも!」

「そうだ!友達!と、友達になって下さい!」

アーネストは完全に混乱していた。

恐竜相手になに言ってるんだ。馬鹿か、あんたは。


ティラノ親父は俺をじっと見つめていたが、立ち上がって空を見つめ、

また俺の前に顔を持ってきた。

「グルル、ルル、ルル。」


なんか頭の上に乗れと言っているっぽい……。

ならば、男の子として、日本男児として、乗らない選択は無いよね。

「よっこらせっと。」

7歳児に有るまじき掛け声とともに、ティラノ親父の頭によじ登った。


ティラノ親父はそのまま立ち上がった。

「わああ、高い高い!(^^)♡」


そして我に返った。

「わああ、高い高い!((((;゚Д゚;;;)ノノ」



一方、絶賛疾走中のレオンハルト一行。

走りながらレオンハルトは困惑していた。

探査機魔法により、今はアーネストとパスが出来ているので、

ある程度感情が読み取れるのだが……。


アーネストの感情の波がおかしい。

恐怖、絶望といった感情から、喜び、希望といった感情へと変わったと思ったら、

また恐怖を感じている。それも最初の恐怖とは別物だ。

何があったんだ?身の危険は回避できたのか?

とにかく急がねば!

一行が通った周りには、様々な魔獣が転がっていた。

ふふふ、無駄な殺生はしていないんだぜ?



一方、落ち着いてきたので、ティラノ親父の上で景色を満喫しているアーネスト。

高いところから見ても、帰る方向が分からない。

おそらく探しに来てるだろうから、向こうから見つけてもらおう。


ふと気が付くと、ティラノ親父の左目の下に何かある。

なんか、灰色の突起物の様な物が出ている。


「オヤジィ、ちょっとしゃがめないか?ちょっと降りたいんだ。」

いつの間に名前が〈オヤジ〉になったんだ?

「グル。」

オヤジはゆっくり頭を下げて、アゴを地面につける。

「ちょっとそのままで。」

直径20センチくらいの矢じりみたいなものが刺さっていた。

顔から1メートル位の所で折れてる。最近刺さった様に見える。


非力なアーネストではまず抜けないんだが、これはなんか抜けそうな気がした。

「オヤジ、痛いいかも知んないんで、我慢して。」

アーネストは両手で掴むと、一呼吸おいて引き抜いた。

抜けた。

「ぐぁらぎゃぎゃ#&%$$)!!」大音量で奇怪な叫び声を上げた。

やはり痛かったらしい。

徐に立ち上がったんで、アーネストはゴロゴロ転がって行った。

オヤジはその辺を足踏みしている。


「オヤジ!落ち着け!そうだ!傷薬!」

「もう一度しゃがめるか?」

不思議なことにオヤジは素直に従った。

アーネストは腰に付けたポーチから、10センチ位のケース(竹製)を取り出すと、

中の〈レオンハルト製良く効く傷薬(軟膏)〉を全部塗り込んだ。

オヤジは涙目である。ちょっとかわいい。


忽ち傷は塞がり血も止まる。

オヤジはそのまま目をパチパチしてる。


ほっとしたのも束の間、辺りには蜂らしきものが沢山飛び交っていた。

どう見ても蜂だ。それも40~50センチ位ある。魔獣なのか?

どうやらオヤジが巣を踏み抜いたらしい。

「なんでこんなところに蜂の巣が……。」

この蜂は知っている。が、こんな奥深い所にはいないはずだ。

変種か?


あんな針で刺されたら死む。自信ある。断言する。

イチナンサッテマタイチナントハコノコトダネアハハ。

アーネストは既にいつもの得意技(現実逃避)を放った。


その頃、奇怪な叫び声を聞いたレオンハルト一行は、そこがアーネストの居場所だと知った。

距離にして2キロメートル位か。

アーネストの危機まであと数分。間に合うのかレオンハルト。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る