第1章 第09話 初めての外泊。しかも野営。後編
森がざわついたので、〈暁の夜明け〉は皆警戒した。直ぐに抜刀出来る様に身構える。
出て来たのは狼の獣人3人だ。大きな猪みたいな獣を二人掛りで運んできた。
〈ブルボア〉と云う魔物ではない普通の獣だ。だが獣人とは云え、10歳程度の子供が3人で狩れる程ヤワな獲物では無い。が、3人組は疲れた様子も見せない。
〈ブルボア〉の肉は固くてクセがあり、正直美味しいものでは無いが、
それでも腹は満たされるし、栄養価も高い。旅の保存食の定番でもある。
次に豹の獣人2人が帰って来た。狩って来たのはウサギに見えるが、大きさは中型犬並みだ。
〈ウッサイ〉と呼ばれる種族でしかも3匹。こちらの肉は柔らかいし、煮て良し、焼いて良しの逸品である。只、とてもすばしっこいので、中々捕まえる事は難しい。
目に見えているのは既に残像であると云う説もあるくらいだ。
さて、問題は調理法が分らない事だ。ならば分かる人に聞けばいい。捕まえた獲物は
どちらも旅慣れた冒険者にとって定番の食事だから。
「と、云う訳で手伝って下さい。」
アーネストが〈暁の夜明け〉に声を掛けた。〈何がと、云う訳〉なのかは分からないが、みんなはお互いに顔を見渡し、頷くとこちらにやって来る。
「まずは血抜をするんだ。」流石に野営に慣れてる冒険者達は手際が良い。
そうこうしている内に美形エルフが帰って来た。いつの間に作ったのか、草で編んだ袋を抱えている。
袋の中から白い塊と何種類かの葉っぱ、木の実等を取り出した。
血抜きが済んだところで、早速調理だ。調理と云っても、凝ったものは作れないが。
ジューダストに冒険者、それにドワーフ親父と美形エルフも加わった。
〈暁の夜明け〉の6人の内、男性メンバー3人が肉を切り分けて、サンゾックが焼く係らしい。
切り分けた肉(厚くて大きい)に美形エルフが葉っぱを擦りこんでいる。
「何をしやがる!」と言いかけて美形エルフと目が合い、サンゾックは口籠る。
顔を真っ赤にして。それを見た〈暁の夜明け〉の男性メンバー3人がザッと後ずさる。
「違う、俺にそのケはねェ!」と怒鳴ろうとしたが、躊躇してしまう。
なぜそこで躊躇する?まさかナニカの扉を開けたのか?美形エルフ!恐ろしい子!
美形エルフは焼いている肉にも白い塊を削って粉状にしたものと、
木の実をすり潰して粉状にしたものを振りかけていた。
次に美形エルフは〈暁の夜明け〉の女性メンバーの1人、サンディが煮込んでいる
ウッサイのシチューらしきものの下にやってくる。サンディはこちらも真っ赤な顔でチラチラ見ている。
美形エルフは気にせず、さっきと同じ白い粉状のものと、別な木の実をすり潰した粉状のもの、さっきとは別な葉っぱをスープの中に入れた。
サンディは抗議することもせず、真っ赤な顔で以下同文。
それに気付いた男性メンバーの内、一番若いカイトが揶揄おうとしたが、サンディの
鋭い一瞥を受けて押し黙る。
後で酒の席でカイトが語る「あの時、身体中の全てが縮み上がった。」と。
〈暁の夜明け〉の最後に残った女性メンバーのサンドラはもう食卓に付いている。
両手にナイフとフォークを持って。今にも涎を垂らさんばかりに満面の笑顔で
スタンバッている。
見た目に小さな子なので、これはこれで"そーゆー種類の生き物"のような気がして、
なんか微笑ましい。
料理も出来たので、いつの間にか総勢19人が輪になって食事が始まった。
美形エルフとアーネスト、人魔の少女以外は全員が驚いた顔をしている。
「これがブルボアだと?」〈固くて癖のあって不味い肉〉は、〈柔らかくて美味しい肉〉に変わっていた。
「このシチューも美味い!下の上で蕩ける様だ!」みなさん感激である。
恐らく美味しくした張本人の美形エルフは当然として、アーネスト、人魔の少女が驚かないのは、
〈初めて食べた〉からだろう。
ちなみに小さい、ロ〇ッ娘にも見えるサンドラはしれっと他の人の3倍は食べていた。
夢中で食った後はお茶の時間だ。余った肉は収納の魔法が使えるサンディが片付けた。
食べ残した食材等は、深く穴を掘って埋めて始末した。
その間、美形エルフと人魔の少女がお茶の用意をした。食事の後はもちろん、
休憩のお時間です。
「このお茶は!」
みなさん、いちいち感激である。
最初の一口は苦みがあるが、そのあとでスーっと甘みが来る。それも、今まで味わった事の無い、さわやかな甘みだ。更に肉の食いすぎでもれていた胃が軽くなった様に感じる。
美味いお茶を飲みつつ、おしゃべりタイムの始まりだ。
「よう、おめえ。」
サンゾックが美形エルフに声を掛けた。
その瞬間、他のメンバーはズザッと音を立てて後ずさった。
「いや、違う、いや、そうじゃない、あの、あれだ、肉にかけたヤツ。
あれを教えてくれ。」
真っ赤な顔でしどろもどろにしゃべっているので、説得力は無い。
白い塊は岩塩だ。木の実と葉っぱは香辛料の類だろう。
シチューにそのまま入れたのは、香り付けや臭み消しのローリエみたいなものだろうか。
「いいですよ。」美形エルフがニッコリ笑う。
そしてその瞬間、〈暁の夜明け〉のメンバー5人がボッと云う擬音とともに真っ赤になった。
美形エルフ!恐るべし!
ただサンドラだけは参加せず、真剣な顔をしてフーフー冷ましながらお茶を飲んでいた。
これが切っ掛けとなっのだろう。雑談が始まった。
思うところはあるだろうが、恨みつらみに繋がる話はせず、当たり障りのない
ただの雑談だ。その辺は流石に大人と云うべきか。
美形エルフが先生と呼ばれていることは気にはなったが、もう深く考えることは無かった。
一部の人を除いて、脳が持たないと思ったようだ。一部の人を除いて。
雑談の中、アーネストは気づいた事があった。
先生はどうやって木の実をあんな粉になるまで砕いたんだう?
手ではあそこ迄潰せないよな。
魔法を使ったのか?いや、使え無いはずじゃ……。
奴隷契約の時、みんな〈隷属の首輪〉を嵌められている。
〈隷属の首輪〉はいろいろ制約を掛ける事が出来る。
たしか、主人(契約者)の許可が無いと、全ての魔法が使えないはず……。
その時、先生と目が合った。先生はまたニッコリ微笑んだ。
その瞬間、詮索するのは止めよう、と思った。
契約者である父上も気付いてない様だから、誰にも黙っていよう。
心に誓うのであった。
そろそろ就寝と云う事になって、見張りをどうするか打ち合わせる。
獣人達と"暁の夜明け"のメンバーが一人ずつペアになって、
交代で見張ることになった。
かなり打ち解けたようだ。いや、打ち解けすぎだろう。いいのか?
ついさっき迄は考えられない事だ。
サンゾックは考えていた。アーネストに係ると、面白い事が起きる。
そしてこの先もずっと、いや、ますます面白い事が起きるだろう。
サンゾックは楽しくなってきた。
それはアーネストにとって、頼もしい協力者が増えたことを意味していた。
もう寝ると云う所で、獣人達に名前が無いのは不便だとサンディが切り出した。
奴隷契約の際、以前の名前は名乗れなくなるから、みんな名無しになってしまったのだ。
本来なら契約者であるアガーベック辺境伯が名を付けるのだが、奴隷たちは
アーネストに付けてほしいと願った。
その願いは聞き入れられ、アーネストが名前を考える事になる。
アーネストは寝れなくなった。
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