第1章 第02話 誕生……したらやっぱり積んでいた。
この世界の人類は人間だけでは無い。人族、魔族、亜人族、獣人族、それに妖精や精霊も存在している。
そして、そのいずれも、更に虫や草花に至るまで魔力を有している。
宗教は唯一女神教があるだけであり、それは全ての種族が信仰している。
生けるものすべてが持つ魔力は〈女神さまに加護〉と呼ばれ、魔法を使うエネルギーにもなっている。
従って、魔力が無ければ、どんな魔法でも使う事は出来ない。
当初、神教の理念は『平和』と『平等』であったが、長い年月の内に人族の女神教は時の為政者と結びつき、
その教えはその時その時の都合のいい様に変わっていった。
曰く、この世界の頂点は人族である。従って他の種族は支配されて生きる事しか許されない。
曰く、女神様に唯一愛されるのは、人族であり、他の種族が愛さることは無い。
曰く、人族の戦いは全て聖戦であり、逆らう者(種族)は誰であろうと、女神の慈悲によって滅ぼされる。
曰く、魔力が無い(女神様の加護が無い)者は、生きている資格が無い。ets……
事の起こりはジューダスト・アガーベック伯爵の妻、アネモラの第二子妊娠にある。
体内に宿った命は最初から魔力を有しており、その量によっては母体に影響が出る為、
女神教の専門の宣司が魔力量を調べるのが常なのだが、その時に魔力量が無い事が発覚する。
女神教としてはその時点で女神様の許に送る(堕胎させる)のは至極当然の事であるが、
アガーベック辺境伯夫妻がそれを拒否した為、今回の事態に至ったのだ。
「この子が生きていく上で思い付く災いを、出来る限り排除する方法を考えていました。」
勿論アガーベック夫妻も考えていたが、これと云って有効な手段を見いだせないでいた。
「この子に我が一族の名跡を継がせます。」
この国、バックアード王国が震撼する程の衝撃的な言葉である。
「勿論、〈カロリーナ〉の名はではありません。私の実家、〈アーマンジャック〉の名跡です。
〈アーマンジャック〉は私が最後の一人、嫁いでからは誰もいないのですから。」
〈アーマンジャック侯爵家〉は〈カロリーナ公爵家〉と同じ武門の一族だ。勇猛果敢で知られたが、
度重なる戦争でその数を減らし、今ではその血を受け継いでいるのはアイルス一人しかいない。
「侯爵家は恐らく認められないでしょう。しかし、〈アーマンジャック〉の名ならば望めます。」
確かに希望はある。〈アーマンジャック〉の名を与える権利があるのは、最後の一人、アイルス婦人のみ。
王家も教団も〈アーマンジャック〉に多大な借りがあるので、一応は認めざるを得ないだろう。なぜなら、
〈アーマンジャック〉が滅んだのも、女神教の神託による無謀な戦いを王に命じられたからだから。
アイリスの夫、ディクル・カロリーナ公爵も、跡取りの息子、ディライトも無謀な戦いに身を投じ、
行方不明になっていた。
死地に赴く戦士の心を、推し量ることは出来ない。その無念と心残りを思えば、残された者の願いを
拒否する事は悪策だろう。なぜならたとえ王家といえどもその信頼を失う事に繋がるからだ。
同時に三か国と戦争しているこの国は、戦士達の心が離れるのを嫌う。それは女神教も同じだ。
勇敢に戦って力尽きた者たちを蔑ろにしては国の鼎が問われる。
長引く戦争の為、王国は疲弊していた。農村を始め、働き手を戦争に取られている為に
他国からの労働者に頼っているのが現状だ。
今、王国を動かしている高級貴族達の間でも、停戦派とあくまで勝利にこだわる好戦派に分かれる。
王家は一応好戦派と云う事になっている。
だが国民は殆ど停戦派と言っていい。武器商人など、一部の利害優先者を除いて。
部門の名門とされる貴族達は停戦派だ。戦いになれば当然、主力たる彼らは真っ先に出撃する。
そして勝敗に関係なく、一族の数を減らす。
王家はそんな国の功労者とも云うべき貴族達を蔑ろにして、あまっさえ後継者が途絶えれば、
何の対策も講じず支配地を召し上げ、遠慮なく直轄領とした。
なぜ部門の名門とされる貴族が戦争に行くのか。
この国には固有の軍隊が存在しない。
女神教によれば、
『頂点に立つ人族に逆らう種族はいない事になっているので、武力で従える必要は無い、
従って、国は軍隊を持つ必要が無い。』と、云う事らしい。よく分からないが。
『女神教の使徒ならば、平和を愛する者しかいないので、戦争にはならない。』そうだ。
しかし、戦争は無くならない。では戦争している国は平和を愛さないのか、と、そうゆう云う訳でも無い。
平和を愛したって、戦争になるのである。なぜなら、戦争は為政者の都合で起こされるからである。
当然、一国だけでは戦争にならない、相手になる国が必要だが、軍隊を持つ国と、持たない国でも戦争にならない。
持たない国が蹂躙されるだけである。
王国は、お金の掛かる軍隊を持たない事によって、王族を始め、特定の高級貴族達の、途轍もない贅沢を可能に
しているのだ。
しかし、現実に戦争は起こっているので、戦巧者の貴族に王が勅命を下し、それを受けた貴族が対応するのだ。
自分達の命で。
戦うのは、その貴族の持つ領兵である。部門の誉れとか言われても、たまったものじゃない。
アイルスのアーマンジャック侯爵領もそうだ。抗議した部門派の貴族達は、無謀な出兵を命じられ、滅んで行く。
部門の代表格だったカロリーナ公爵一族とて、勢いは失われ惨憺たる有様だ。
対立する力がある者は、その力を削いでいる様にも見える。
王家もこの状態が悪いことは分かっている。人心が離れてしまえば、反逆もあり得るのだ。
今更懐柔しようとしても遅いが、これ以上悪化させるのは得策では無いと考える位の頭はあるようだ。
アーマンジャックの名跡を継がせる。
それを聞き入れてしまえば、名跡を認めてしまえば、例え〈加護無し〉であっても、
おいそれと手を出せる存在では無くなると云う事を示す。
アーマンジャックは王国創成期からの名門であり、重鎮でもあった。その名はとても重い。
人族の女神教だと経典に矛盾が生じる事になるが、今回は受け入れるしか無いだろう。
たとえその場しのぎであっても。
「この子の名前は決めているのですか?」
「はい。〈アーネスト〉と」
「良い名です。この子は今から〈アーネスト・アガーベック・アーマンジャック〉です。」
当の本人は泣き疲れて眠っていた。この〈女神様の代行者〉、もしくは〈女神の兄神様の代理人〉は
自分が殺されかけたのも知らず、自分の運命が決まったのも知らず、
朧気に浮かんでくる〈おっぱい〉の夢を見ていた。
お腹がすているのだと好意的に解釈してやるのが、大人のやさしさと云うものである。
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