第1章 第01話 誕生……する前から詰んでいた。


ここは……どこだ……

ああ……暖かい……心が落ち着く……安らぐ……

ここから出たくない……ずっとここにいたい……

…………

これは……悲しみ?……伝わってくる……心がちぎれそうだ……

……これは……喜び?……ここから出ていかなくちゃ……

悲しみと喜びと……不安?……でも、喜びが勝ってる……

行かなくちゃ……

……

……

……おぎゃあ!


「お生まれになりました。元気な男の子ですよ!」

メイド服を着た女性が、生まれたばかりの赤ちゃんをぬるま湯で拭きながら、

笑顔で叫んだ。


「おおっ!よくやった!よく頑張ったな!」

細身だが引き締まった体躯のイケメンが祈りから顔を上げた。

目じりが下がってちょっと残念な顔になってる。

赤ちゃんの顔はくしゃくしゃだが、それでも血の繋がりは感じる。

夫として妻の無事、父として子供が無事に生まれたこと。

喜びと感謝で打ち震えている。。


「私にも……」

「はい、奥様。」

少しやつれた表情だが、それでも美人とわかる母が、慈しみあふれた笑顔で赤ちゃんを見つめた。

この部屋には幸せが溢れている。

だが、この場にそぐわない厳しい顔つきの若い女性達もいた。メイドの姿をしているが、彼女らは一様に嫌悪感を隠していなかった。


その時、いきなり扉が開いた。扉の前に見張りの騎士がいたはずだが?

そして濃紺の長い学生服みたいな、聖職者が着ている法衣みたいな服を纏った

男が入ってきた。


「貴様ら!」

父はすぐに戦闘態勢になった。武器は無いが、両手を広げ無礼な集団の前に立ちはだかる。


「おや?辺境伯様?邪魔をするのですか?女神強に逆らうという事でいいんですか?」

およそ敬虔とは結び付かない態度で、無礼な集団の先頭にいた男が言い放つ。


「……。」

辺境伯と呼ばれた父は微動だにしない。母は子を胸に抱きしめる。

赤ちゃんを渡したメイドの女性は足早に出て行く。若いメイド達もそそくさと出て行った。

代わりに扉の前にいた見張りの騎士達が剣を抜いて入って来て、あろうことか、辺境伯に剣を向け、叫んだ。


「ジューダスト様!女神教に逆ってはいけません!」

「魔力が無いは女神様の加護が無いと云う事。さあ、ダンピラー宣司様に御渡しなさい。」

「きっとお子様は女神様の許に行けますよ。」


ダンピラー宣司と呼ばれた男もニヤニヤしながら言う。

「私もこれで忙しい身ででねえ。さっさと終わしたいのですよ。どうせ魔力が無ければ、生きてなど行けません。」


それでも父は微動だにしない。世界を敵に回しても我が子を守るつもりなのか。

それは言葉にしなくても、誰もが感じた。


「きさま!たかが辺境伯の分際で、女神の使途たる私に逆らうのか!」

立場的には教団の一司祭である宣司より辺境伯の方が遥かに上だが、周りの騎士たちも味方なので

気が大きくなったのだろう。自分の無礼な態度にも気が付かない様だ。


宣司様と呼ばれた男は武器を持たない父に何か魔法を放とうとする。

ぶつぶつと呪文らしきものを唱えながら、その手を辺境伯にむけた。そん時。

「何をしているのです!」凛とした声が響いた。先ほど出て行ったメイドが別のメイドに知らせ、

ふくよかなメイドが誰かを連れて戻ってきたのだ。


「アイルス様…!」

辺境伯がかすれるような声で名を呼んだ。

そこに現れたのは、毅然として威厳のある婦人である。


「私の領地で勝手なことは許しません。出て行きなさい。」


無礼な宣司はたじろぐ。相手が悪い。

婦人はカロリーナ公爵夫人であり、カロリーナ公爵家の当主でもあった。


夫と息子が長引く魔族との戦争で行方不明となってしまった為に、自らカロリーナ公爵領を継ぎ、

アガーベック辺境伯をカロリーナ公爵領の代官として、領地をまとめ上げる、文字通りの

カロリーナ公爵領をの支配者だ。


騎士たちも相次いで剣を収め、片膝をついて臣下の礼を取った。


「めっ、女神様の教えに逆らう……」

「黙りなさい。」


「今、殺すことが慈悲ですぞ!殺すのです!すぐに殺すのです!ころ……」

「聞こえなかったのですか?この子は私が預かります。」

「そんな勝手なことが出来るものか!女神様はお許しにならない!」

「この子には私の名跡を継がせます。」


一瞬にして静寂が訪れた。言葉は静かで少ないが、その衝撃は計り知れないものがある。


「なっ、なっ、そ、その、この、!」

ダンピラー宣司は真っ赤に何か話そうとしたが、まともな言葉にはならない。

一宣司の判断でどうこう出来る事では無くなったのだ。


「さあ、宣氏たちのお帰りです。玄関まで送って差し上げなさい。」

実質、摘まみだせと云う事である。当然、騎士たちは主人の意向に従った。


「こ、こ、この事は報告致しますぞ!後悔なされますぞ!このっ、このっ、私が……」

宣司は更に顔を赤くして、唾を飛ばながら叫んだが、陳腐な捨てゼリフにしか聞こえなかった。


「あ、有難うございます。」

アガーベック辺境伯ジューダストも臣下の礼を取りつつ、感謝の言葉を口にした。涙ぐんでいる。

イケメンは泣いても様になる。不公平だと思った。…誰がだ?


妻のアネモラもベッドから降りて臣下の礼を取ろうとしたが、カロリーナ公爵夫人アイルスに止められた。


「そのままに。」

宣司に向けた態度とは変わって、穏やかな笑みを浮かべていた。

「ジューダストも、アネモラも、ごめんなさいね。遅くなってしまったわ。」

「そんなことは!」思わずジューダストが叫ぶ。


女神教が子供の命を狙っていたのは周知の事実だ。アイルスは回避する方法を考えていた。

そして、助けを求めるメイドが飛び込んできたその時、思い付いたのだ。

アイルスは静かに話し始めた。




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