第5話 第5章

 恵美の方はまったく気付いていなかったが、理沙の方はすぐに隣の女性が自分と同じような気持ちを持った女性であることに気が付いた。

 正確に言うならば、恵美は同じ気持ちを持った人が、そう簡単に近くにはいないと思っていた。それだけ自分を特別だと思うところがあり、人と同じでは嫌だと思うところもあった。

 だが、理沙とは違い恵美は、同じ考えの人が少しでもそばにいてほしいと思っている。それは寂しさからくるものではなく、同じ考えの中でも自分が突出したところを見出して、要するに、輪の中心にいたいという性格であった。

 それなのに、理沙は恵美をあまり意識していなかったのに、恵美の方は理沙を思い切り意識していた。このまま仲良くなってしまっては、主導権を理沙に持っていかれてしまうであろう。

 だが、恵美は理沙に対してはそれでもいいと思っていた。理沙の方でも、最初から恵美との間に優劣をつけようなど、毛頭なかった。お互いに似ているところがありながら、相容れない平行線を描いているのが、二人の関係だろうと思ったからだ。

 二人の関係は言葉はなくとも、お互いに最初から分かっていたような気がする。そんな二人をまわりの人たちは、何もないかのように足早に通り過ぎていくのは、絵にならない。もしここをドラマで映すとするならば、通行人だけがスローモーションで、二人は微動だにせず見つめ合っている姿が思い浮かぶ。冷静な理沙に恵美が興味を示しているかのような感覚だ。

――姉妹だったら、私が妹だわね――

 と、恵美は思っていた。

 恵美には実際に姉がいるが、最初に理沙を見て感じたのは、

――姉のような落ち着き――

 だったのだ。

 まさか、理沙も今日自分と同じように男性と別れた後だなどと、思いもよらないだろう。恵美は、自由とともに引き受けなければいけなくなった孤独に対し、今の段階で、自分よりも深く感じている人などいないだろうと思っていたからだ。

 遠くでジングルベルのメロディと、トナカイが走る時のイメージに合わせたような、シャンシャンという鈴のような音が聞こえていた。鈴の音は耳鳴りにも聞こえたが、錯覚ではないことは分かっていた。

 真っ赤な衣装に身を包んだ「にわかサンタ」が、ビラ配りをしたり、プラカードを持って店の宣伝をしたりしている。師走の街にはクリスマスを祝うカップルばかりがイメージとしてあるが、仕事をしている人、さらには、クリスマスどころではない人まで様々な人が溢れているのを、ベンチで座って見ていると、感じることができる。頭の中では分かっていても、歩きながらではなかなか気付かない。立ち止まって座ってみると、今まで見えなかったもの。見えていたとしても、意識していなかったものを見ることができる。毎年同じようにやってくる年末も、昨年と同じだったのかというのを思い出そうとしても、思い出せなかった。同じようにやってくるクリスマスを感じると、まるで昨日のことのように思い出すのに、実際には一年という期間があり、その間にどれほどいろいろなことがあったのかということを、今さらながらに感じさせられた。

 真っ赤な衣装に白い髭、皆同じに見えるが、身長も違えば体格も違う。同じような衣装の二人が並んでいれば、体格の違いは一目瞭然、衣装が同じなだけに、余計に違いが分かるというもので、特に二人の前で配っている二人は、その典型だった。

 一人はスラッと背が高く、きっと格好いいのではないかと思い、もう一人は背が低く、ずんぐりしている。その人のことを比喩するのは控えたいと思うほどだった。

 理沙と恵美、それぞれ二人が見ている相手は違っていた。理沙が見ていたのは。背が高くスマートな男性で、恵美は。背が低いずんぐりとした男の方だった。理沙は恵美も同じようにスラットした人の方を見ていると思っていたので、まったく気が付かなかったが、お互いの視線がちょうど目の前でプラカードを持ってビラを配っていた二人とそれぞれ目が合ったのだった。

 まず、ビラを配っていた背の高い男性が理沙の方に寄ってくる。プラカードを持ったずんぐりの男性は、持ち場を離れることに抵抗を感じているのか、どこか遠慮がちで、困ったような素振りをしている。理沙は彼が意外と律儀な性格であることに気が付いていた。

 女性が気になれば、仕事を放っておいてでも近づいてくる男性に、少し警戒心はあったが、風貌といい、女性慣れした雰囲気のある男性に自分が惹かれていることに、理沙は気付いていた。

 恵美の方は、整理整頓が苦手だということを意識しているので、律儀で面倒見のよさそうな男性に惹かれる。暖かさを感じるからであろう。そういう意味では、ずんぐりの男性が自分に合っていると思ったのだ。スリムな男性が自分に合っていないと思ったわけではなく、相手が自分を相手にしないだろうという思いがあり、それが恵美の性格である、

――諦めの早さ――

 に繋がっているのかも知れない。

 恵美は、ずんぐりの彼に整理整頓の得意な性格であるという印象を持った。恵美はそれだけで彼に興味を持ち、隣の男性にはまったく興味を示さなかった。隣の彼はそんな恵美に苛立ちすら感じ、余計に理沙の方に意識を集中させていた。

「こんばんは」

 まず、背の高い男性が、理沙に向かって声を掛けた。

「こんばんは」

 理沙も、彼を見上げながら返事をした。表情は少しこわばっていたが、これも半分計算ずくで、いきなり笑顔を見せるよりも、印象が深まるだろうと思ったのだ。

「こちらに座ってもいいですか?」

「ええ、どうぞ」

 二人の男性は、女性二人を挟むように座った。もちろん、理沙の隣には背の高い男性。恵美の隣にはずんぐりの男性。ちょうどいいカップルである。

「お仕事、大丈夫なんですか?」

「ええ、一時間やれば、十五分休憩してもいいことになっていますので」

「じゃあ、ちょうど今が休憩時間なんですね?」

「はい、そうです。普通であれば休憩時間までそんなに意識しないんですけど、あなたと目が合って、すぐにでも休憩に入りたくなりました」

「まあ、お上手ですね」

 歯が浮いたようなセリフを平気で言えるのは、それだけセリフに似合った雰囲気を持った男性なのか、それとも、よほどの自惚れ屋さんなのかと思って見たが、前者の方がイメージとしては合っていた。だが、それだけ今までにもいろいろな女性に同じことを言ってきたのではないかと思うと癪に障る気もしたが、まだ出会ってすぐに結論を出すことでもなく、彼の雰囲気をゆっくりと味わってみることにした。

 さすがに休憩中とはいえ、二人ともサンタの格好を解くわけにはいかない。休憩室ならいいのだろうが、表でさっきまでビラを配っていた場所である。まずいのは分かっていたが、想像だけでは物足りない。どんな顔をしているのか、実に興味があった。

「女性がお二人で、それぞれ誰かと待ち合わせだったんですか?」

「いえ、待ち合わせというわけではないです」

 理沙が答えながら、恵美を見た。恵美とも初めて会ったのだ、何も知らない相手なのに、勝手に返事をしてもいいものかと思いながら、アイコンタクトを感じ、恵美の顔が、

――その通り――

 と言っているのが分かったので、理沙は言葉の後に、二度ほど頷いて確かめるような素振りをした。

「そうなんですね。僕たちはお互いに別々の派遣会社から派遣されたんですが、なかなか気が合うような気がしていたんですよ。実は、二人が会うのは今日が二度目だったんですよ」

 と答えてくれた。

「あら、そうなんですね。実は私たちも今日ここで会ったばかりの初対面なんですよ」

 と理沙がいうと、

「そうなんですね」

 まるで驚いた様子のない男性に、理沙は少し拍子抜けした。

 だが、考えてみれば、想像くらいはつきそうだ。カップルばかりのベンチに、女性二人で座っているのである。顔見知りではないという発想も向こうから少し離れた目で見れば、一目瞭然のことなのかも知れない。

 それにしても、他の二人は何も喋ろうとしない。気になって横を見てみた理沙だったが、話をしないまでも、見つめ合っているような二人を少し羨ましく感じた理沙だった。

――何も言わなくても、目を見れば分かるのかしら?

 目を見ただけで分かり合える仲の人というのは、いてもおかしくないと理沙は思っていた。だが、それもその日初めて出会って、最初から何も言わない相手と分かり合えるなど、考えられないことではないか。ただ、分かり合えるかも知れないとお互いが思ったとすれば、少しでも気持ちを察することのできる話ができれば、口数は少なくても構わない。むしろ口数が少ない方が、却って信憑性が高く感じられる。

 理沙と背の高い男性も会話は最初だけで後は、口も湿りがちになった。時間が決まっていて、しかも休憩時間だという決まった名目があると、なかなか会話を選ぶのも珍しい。

「あと一時間で終わりなんだけど、その後、どこかお食事にでも行きませんか?」

 と声を掛けられて、理沙は恵美を、恵美も理沙を見た。お互いに意義はないようで、またしても理沙が代表して、

「はい」

 と答えた。どうやら、女性側の代表は理沙ということで全員が了解したようである。男性側の代表もそれに伴って背の高い方の男性になった。話が決まってしまうと、待ち合わせ場所はもう一度ここ、二人の男性は仕事に戻り、理沙は、

「私は少し時間を潰してくるわ。あなたは?」

 というと、

「私はもう少しここにいて、それから考えます」

 と恵美は答えた。もう少し何かを考えていたいと思ったのかも知れない。

 少し会っただけだったが、理沙も恵美も、お互いに初めて出会ったような気がしなかった。理沙の方は恵美に暖かなものを感じたが、恵美は理沙に何かを感じたというわけではない。本能的に恵美とは初めて出会ったのではないと感じたようだ。

 理沙は、自分が冷ややかな性格なので、人の暖かさが分かるのだと思った。だが、どうしても人見知りしてしまうところがあるので、暖かみを感じるとしても、よほど仲良くなれる相手なのか、それともよほど最初から相性が合うと思う相手ではないと感じることはなかった。

 きっと恵美は相性が合うと感じた相手なのだろう。だが、理沙の中では相性が合うと感じた意識はない、確かに合うような気がしたとしても、確証が意識できていたわけではない。インスピレーションが気持ちを引き寄せたに違いない。

 恵美の方は相変わらずだった。どちらかというと人見知りはしないが自由に対する束縛に繋がるようなことがあると思えば、相手を警戒し、必要以上なことを表に示すことはない。攻撃的になることがある自分の性格を熟知しているのか、普段は興奮しないように、抑えているのだった。

 じっとしているのが苦手な理沙は、

――私って、貧乏性なのかしら?

 と思っていたが、クリスマスのようなイベントの時は、じっとしているのが昔から苦手だった。歩き回っていないと、自分だけが取り残されるようで、悔しい思いをしてしまいそうに思うのは、親の影響もあるだろう。

 子供の頃、旅行に出かけた時、親はいかにも疲れた顔で部屋に横になって、テレビなどを見ていた。あまりにも無防備な姿に子供心に、

――あれが親だと思うと情けない――

 とまで感じるほどだった。

 部屋にいて、あんな親の顔を見ているくらいなら、宿のまわりを散策している方がマシだと思い、表に出てみたりしたが、部屋に帰ってきて親から、

「あなたは落ち着きがないわね。ゆっくり落ち着いたらどうなの?」

 と言われてしまった。

「落ち着けって何なのよ。せっかく遠くまで来たんだから、いろいろ見て回りたいと思うのが当然でしょう?」

 と言いたい言葉を寸でのところで飲み込んだ。

 親は、いや、大人はいつだってそうだ。自分たちの尺度でしかモノを図らない。自分たちだって子供の頃があったはずなのに、それを忘れたかのように、どうして子供に自分の気持ちを押し付けようというのだろう。

――本当に忘れてしまったのだろうか?

 忘れてしまうくらいなら、自分は大人になんかなりたくないと思う。ただ、いつも心のどこかで、

――早く大人になりたい――

 と思っているはずの自分の中に、矛盾した正反対の気持ちがあり、どちらを表に出していいのかを悩みながら同居していることが分かっているかのようだった。

 大人になりたいと思う気持ちと、大人になりたくないと思う気持ち、片方は理由もハッキリ分かっていて、片方は漠然としている。どちらが強いかというと、理沙の場合は、理由がハッキリしている方が強かった。

 それが自分にとってよくないことでも、理由がハッキリ分かっているなら、そちらに従うしかないと思っているのだ。

 街を歩いていると、時間が経つのを忘れるようだった。何かを求めて歩いているわけではないことは確かに時間がもったいないことであり、親がもっとも嫌うことであろう。

「意味のないことをすることは、無駄であり、時間がもったいないことなんだ」

 と親はハッキリ言っていた。まだ理屈も分からない幼児の前で言っていた言葉で、当然意味も分からなかったが、なぜか言葉だけは覚えている。そして、その時に何か嫌な思いがしたことは確かなのだが、きっと親の顔が怖かったのかも知れない。

 どんな顔をしていたかなど覚えていないが、気持ち悪さが漲っていたことだけは覚えている。大人になってまで、顔は覚えていないし、意味が分からなかったことだったはずなのに、言葉だけは覚えているというのも、実に皮肉なものだ。親に対する反発心が頭から離れないのは、訳も分からない幼児にまで、言い聞かせようとしたという事実があったからに違いない。

 三十分ほど、何も考えず、どこに寄る予定もなくただぶらついていただけの理沙は、足に疲れだけを残して、元の場所に戻ってきた。約束の時間まではまだ少しあるが、それでもこれ以上歩き回る気はしなかった。足の疲れはピークだったし、それよりも何もしていない中で、歩くことに飽きてきたのだった。

 それでも何もせずにその場にいるよりはマシだっただろう。もしそのままこの場所にいたら、何をしていいか分からず、ただ果てしない時間の中に身を置いてしまったかのように、まったく過ぎてくれない時間を気にすることになったはずだからだ。

――なかなか時間が経ってくれない――

 そんな気持ちになったであろう。

 その間、恵美はというと、想像力を膨らませていた。

 この場所で何をするというわけではなく、ただ人の群れを見ているだけだったが、頭の中では、目を瞑って、見えていた先は、理沙がこれから見るであろう、歩き回った街の光景だった。

 想像力を膨らませるのが好きな恵美は、理沙と一緒に行動するわけではなく、一人ここで佇んでいる中で、目を開けていても心の中にある目に集中し、目を瞑っては、違う世界を想像していたのだ。

 違う世界というのは、文字通りの別世界という意味ではない。自分が見たことのない世界、つまりは他人の「目」になって、瞼の裏にどんな光景が浮かんでくるかを想像することで、満足感を得ようとするのが、恵美にとっての違う世界という意味だった。現実的なところがある恵美だったが、人の目になって想像することだけはやめられない。この思いを誰にも知られたくないという気持ちから、えてして一人になることを望む自分がいる。決して人に知られたくないという思いがあり、それは知られてしまうと、想像したものがすべてウソであるというレッテルを自分で貼ってしまうことになるからだった。

 恵美は、理沙が感じたこの三十分という時間と自分が感じた時間とであれば、どちらが長かったのか気になるところであった。理沙は、恵美に対して気になるところがあっても、それを意識してしまおうとは思わない。それは理沙が何かを考えても、恵美には関係のないことだと思うからだ。

 逆に恵美は理沙のことがどうしても気になる。必ず何か比較対象を求めていることに気付いてはいないが、気になるということは、絶えず人と何か自分を比較しているところがあるということだ。今まではなかなか気付かなかったが、理沙という女性と知り合ったことで、恵美の中で、今まで気付かなかったことを次第に気付くようになっていくことに対して、最初は違和感として捉えていたのだ。

 違和感は、理沙の側にもあった。恵美の視線を時々強いものとして感じることがあるからだ。いつも感じているわけではない、急に強い視線を感じ、ハッとしてしまうことがあるからだった。

 理沙はそれでも初めて会ったはずの恵美に好感を持っていた。

 理沙は、自分にないものを持っている人に憧れがあった。男性を好きになる基本は、

――自分にないものを持っているからだ――

 と気付いてから、女性に対しても、明らかに自分とは違う性格、あるいは、自分とは違う世界に住んでいた人に憧れを持つことが多かった。

 自分とは違う世界に住んでいる人を、高校生の頃までは見ようとしなかった自分に気が付いていた。

――あの人たちは、違うんだ――

 同じ家に住んでいて、血が繋がっている親に対してさえ、違う世界を感じていたのだ。他人に対して、そう簡単に気を許してはいけないんだという思いを持っていたことも事実で、それだけに親以外の人に憧れるなど、考えられないことであった。

 その気持ちが変わったのは、やはり大学に入ってからだろう。こちらがいくら警戒しても、最初は土足で入り込んでくるような厚かましい人ばかりだと思っていた。実際に、

「いい加減にしてよ」

 と声を荒げて怒った人もいた。怒られた人は、何事だろうと思ったに違いない。

 情けなさそうな顔をしながら、モジモジした態度を取られると、

――言い過ぎたかな――

 と思って反省をする。

 少し顔が緩んだのであろう。相手もすぐに笑顔を見せ、

「よかった」

 と言って、満足げな顔を見せた。

 こちらが気を許したわけでもないのに、少し表情を変えただけで、救われたような気持ちになるのを見ると、自分がどれほど小さな人間であったかということを思い知らされる。その時にやっと自分が仲間を作ってもいいのだと、誰からなのか分からないが、許された気がした。気持ちを許すということで、心が晴れやかになると、今まで見えていなかったものまで見えてくるような気がしてくるから不思議だった。

 そうやってまわりを見ていると、

――皆、それぞれ違うんだ――

 と思うようになった。

 当たり前のことのはずなのに、何を今さらと思ったが、自分にないものを人が持っていたり、人にないものを自分が持っていたりすることに興味を持った。それがどういうものなのかを探すのが好きになり、特に人にないものを自分が持っていたりすると、喜々とした気分になった。

 逆に自分にないものを持っている人を尊敬するようになった。何か困ったことがあり、自分だけでは分からない時も、自分にないものを持っている人に聞けば、何かの突破口が開ける気がするからだ。

 理沙にとって、同性の友達は新鮮だった。もちろん彼氏がほしいとはいつも思っていたことであるし、友達も彼氏がいない人は皆彼氏をほしがっている。それでも、

「私たちの仲は変わらないわね」

 と、言ってくれた友達が嬉しかったのだ。

 しかし、本当に彼氏が友達にできてしまうと、どこかぎこちなくなった。本当に今までと同じような仲でいられるわけはないと思っていたが、やはりぎこちなくなった。それはそれで文句は言えない。自分にも同じことが起こらないとは限らないからだ。

――いや、信頼を置いている友達でもぎこちなくなったんだ。自分がならないという保証は皆無に等しい――

 とまで感じていた。

 実際に彼氏が自分にもできた時、友達との関係はおろか、まわりまで違って見えてきた。背景の色が少し赤っぽく見えていた気がした。本当はさほど明るくないにも関わらず、自分の中では明るい色だとして認識している色が意識の中にあったからなのかも知れない。

 理沙は、あれほど変わることはないと思っていた自分までもが、本当に変わってしまったことに気付き、愕然とした。そして情けなさを感じ、自分が一番嫌だという意識を持っていた親と同じではないかと思うと、悔しさが滲み出てきたのだ。

 理沙が恵美を見た時、彼女には自分と同じものがあるように思えた。それが、まさか同じ日に二人とも、男性と別れたという事実であるとは、しかも、方法は違えど、自分から相手を振るということに至ったのだとは、思いもしなかった。

 理沙にとって、彼氏を振ると、女性の友達が懐かしくなる思いは、無理もないことであった。元々、同性の友達との仲を優先することが多かった理沙だったので、男性と別れることになると、女性の友達ができることに違和感などなかったのだ。

 少し歩いてみたかったのは、恵美に対して友達になれると感じたところに、声を掛けてきた男性たちに対して簡単に返事をしたが、それでよかったのかどうかを考えるためだった。

 恵美と仲良くなるには、二人だけではぎこちなくなってしまい、最初はよくても、もし途中で会話が途切れてしまったら、そこから先はお互いに気まずくなってしまうだけで、そのまま別れてしまうことが目に見えた気がしたからだ。

 恵美の性格を見てると、自分と比べて明らかに暗い性格であることは分かった。そのくせどこか抜けているところもあり、理沙のような女性から見ると、

――扱いやすい相手――

 というように見えていた。

 恵美であれば主導権は自分が握ることができる。学生時代から、自分が主導権を握れるような友達がほしかったのだが、なかなか現れなかった。集団の中でのリーダー格とは違い、二人の中での優劣感を味わうことができれば、それで嬉しかったのだ。

 もし、これが集団でのリーダー格ということであれば、話が違ってくる。自分から率先して動いたり、纏めるためには自分が楽しむわけではなく、皆を楽しませる役回りになってしまうであろう。それは理沙の中では考えられないことだった。

 理沙は、単に自分が優越感を得られれば、今はそれでよかった。言葉は悪いが、そのために恵美を利用し、恵美と仲良くなるために、男性二人を利用しようと思ったのだ。そんな気持ちを持っている中で、恵美と二人だけで待っていることは、理沙にはとてもできることではなかった。その場をなるべく外して、恵美と二人きりになる時間を少なくしなければいけないと思ったからだのだ……。

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