閑話 モユファル王国への買い物(※モブ視点)
「ふぅ……パーティーって疲れるわ。社交界のしがらみというものは、何歳になっても纏わりついてくるものなのね」
家に帰ってきてため息をつく。この歳になっても社交界の窮屈さに慣れない自分にうんざりした。
子供たちが巣立っていき、これからは自分のために時間を使える。
子育てというプレッシャーから解放され、悠々自適な毎日が待っている。
そう思っていたけれど……
最近、歳を実感することが増えたわ。
毎日毎日同じような日々の繰り返しなのに、疲れが溜まるようになってしまった。
貴族同士の交流なんてした日にはヘトヘトだ。
(少し前まで社交界では、第二王子の三角関係の噂で持ちきりだったわね。他人の恋愛事情なんてほっとけば良いのに……)
皆なぜか他人の不幸話が好きなのだ。否、上手くいっている人の不幸話が好きなのかもしれない。
だから皆、口では婚約者のマリア様がお可哀想……と言うのだが、その表情はどこか喜々としていた。
『あの』完璧なマリア様が婚約者である第二王子と親友に裏切られたなんて話、皆の大好物に違いなかった。
第二王子のことはよく知らなかったし、その婚約者であるマリア様もパーティーの時に何度かお見かけしたことがあるだけだ。悪女と呼ばれているソフィア・リーメルトに関しては、裁判になるまで顔も知らなかった。
(まだ子どもじゃないの。親は何をしていたのかしら……。国外追放なんて、なんとも惨い話ね)
新聞に大きく取り上げられている彼女を見て、自然とため息が出た。
半強制的に連れていかれた彼女の裁判を傍聴した時、彼女の態度は確かに無礼だった。けれど、本当の悪女には見えなかった。
それに、彼女の発言が後々物議を醸すものだったのだ。
「この国の第二王子たるお方が何の理由もなく私などに誘惑されるでしょうか? 彼には完璧な婚約者がいたというのに……。本当に不思議ですね?」
確かに、と誰もが思っただろう。その上、ソフィア・リーメルトと第二王子の間には交際を決定づける証拠が一つも出てこなかったのだ。
マリア様の証言だけで国外追放処分というのはあまりに重すぎたのでは、という話が何度が議題に上がりかけたらしい。
だがもう処分してしまったのだ。今更議論しても無駄だということで、そのままになったのだとか。
そんな噂をずっと聞いていると、気が滅入ってしまった。
もし自分の娘が冤罪で国外追放になってしまったら……と思うと余計に心が落ち込んだ。
「結婚した娘にする心配じゃないわ。そんなこと起きないから心配しないでくださいな」
なんて、久々に会った娘にまで元気づけられる始末だ。
「そうね、この話はもうお終いにしましょう」
「そうだ! 久しぶりに旅行でもしてきたらどうかしら? お母様、この間ネックレスを新調しなきゃって言ってたでしょ? モユファルだったら近いし、良いお店があるのよ。紹介してあげる!」
「旅行ね……時間はあるし、そうしようかしら」
「お土産、期待していますからね!」
娘の後押しもあって、一泊だけモユファルに行くことにした。
気分転換になるかもしれない。それにパーティーに出るよりマシだろう。
そんな軽い気持ちで旅支度を進めていた。
モユファルに向かう道すがら馬車に揺られてボーっとしていると、また考え事をしてしまう。
(ソフィア・リーメルトはどうなったのかしら? 貴族ではなく平民として生きていくのは大変でしょうに……。そもそもどうしてソフィアも第二王子も反論しなかったのかしら?)
そこまで考えて、ため息をついた。
赤の他人についてあれこれ考えるなんて、ゴシップ好きのことをとやかく言えない。
もう考えるのは止めにして、目を閉じた。良くないことを考えるより眠ってしまおう。
モユファルに思いを馳せながら、私は眠りについた。
モユファルでは快適に過ごしたと思う。泊まった宿も食事も良いものだったはずだ。
ただ……ほとんどの記憶が曖昧なのは、帰る前に寄った店のせいだ。
ブラウン宝飾店、娘が紹介してくれた店だ。
ここで私の悩みの種は消えてなくなった。
予想以上に質の良いネックレスを購入することができ、良い気持ちで帰ろうとした時に彼女を見つけたのだ。
「ありがとうございました。また是非ご利用ください」
ソフィアと呼ばれていた店員の顔を間近で見た時、本当に驚いた。
ソフィア・リーメルトがそこで働いていたのだ。
(あぁ……なんだか幸せそうに暮らしているのね。良かったわ)
なぜこんな気持ちになったのかは分からないが、とにかくホッとした。
私は彼女のことを何も知らない。それでも元気で暮らしているという事実に私は救われた。
「また来るわ」
そう言って店を出た。本当にまた来たいと思った。
彼女はまだ若い。これからの人生、どうか幸せでありますように……
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