番外編 第二王子の苦悩(1)
第二王子、僕は自分のその肩書が大嫌いだった。
将来王になる兄、兄にしか興味のない両親、そんな家族にもうんざりしていた。
「アラン、お前はそんなに勉強する必要はないよ。自由に過ごしたらいい」
お父様が僕に言う言葉はいつもこれだけだ。優しい言葉に聞こえるが、僕にとっては残酷な言葉だった。
自由にしろ、つまり無力であれということだ。
兄よりも優秀であってはいけない。第二王子が知恵や力を持てば、第二王子派閥が大きくなってしまうから。
争いを避けるためには仕方のないことだ。頭では分かっている。
(全力で学ぶことも、経験することも許されない。ただ無能として、お飾りの王族として生きていくのか……)
いっそ生まれてこなければ良かった。そんな風にさえ思えた。
それでも成人になる頃には、適当に生きていく術が身に染みついていた。
それなりの社交性さえあれば、生きていくのは簡単だった。
「お前の婚約者が決まったぞ。マリア・ウォーカーという娘だ。聞いたことくらいはあるだろう?」
マリア・ウォーカー、貴族でその名前を知らぬ者はいない。
僕にとってはパーティーで輪の中心にいる気立ての良い女性、という印象しかなかったが。
別に結婚相手なんて誰でも良かった。両親が精査した相手ならば問題ない素養の者だろうし、問題を起こさなければそれで良いはずだった。
マリア・ウォーカーならばきっと上手くやってくれるだろう。ぼんやりとそう思っていた。
ところがマリアは僕の想像を遥かに超えた女性だった。完璧な女性だった。
第二王子の婚約者という立場をよく理解した上で、疎まれない最良の立ち回りをしていた。
最初はあまり興味を示していなかったお父様も、気が付けば彼女のことを高く評価していた。
僕は彼女が怖くなった。
彼女はあまりに完璧すぎる。
全てが彼女の手中にあるかのようにも思えた。
(彼女が婚約者だなんて、僕には重すぎる……。もっと普通の人が良かったのに)
僕は彼女との接触をなるべく減らしていた。婚約者として失礼にならない最低限の接し方で、何とかやり過ごすことにした。
今思えば、これが良くなかったのだろう。
「アラン様、今度私の親友に会っていただけませんか? ソフィアという子で、とても話しやすくて私の大好きな人なのです」
「あぁ、もちろんだよ。是非会いたいな」
マリアは僕が二人きりで会いたがらないことを察していたのだろう。他の人を上手く巻き込みながら僕のことを誘うことが多かった。
ソフィアという女性もその一人だった。
……彼女とは予定よりも早く会うことになったのだが。
彼女との出会いは、僕とマリアと彼女の三人の運命を変えてしまった。
彼女はどうなっただろうか?
僕のせいで国外追放となったソフィア・リーメルト。
僕は彼女に救われたのに、僕は彼女を救えなかった。
その事実が僕を苦しめた。
ソフィアと過ごした日々は短く、時間にしてもほんの僅かだった。それでも僕たちは同じ時間を過ごすことで、お互いを慰めあっていた。
あの時間がなければ、僕はとっくに壊れてしまっていただろう。
(あぁ、あの時ちゃんとマリアに弁明していれば、ソフィアが罰せられることはなかったかもしれない……)
マリアから責められた時、僕はどうして上手く言えなかったのだろう……。
「ソフィアのことが好きなのでしょう? 二人で私を裏切ったのですね」
「……何を言っているんだ? ソフィアとはただの友達だ。君を裏切ったりなんか……」
していない、そう言い切ることが出来なかった。
「もうソフィアから聞きました。あなたもソフィアも、私が疎ましかったのでしょう?!」
「そんなことはない! 彼女は一体何を言ったんだ?」
彼女がマリアに何を言ったのか、その答えが返ってくることはなかった。
「……彼女を国外追放します」
「落ち着くんだマリア、僕と彼女の間には何もない」
ソフィアを追放しろとマリアに言われた時、当然僕は反対した。僕たちの間には何もなかったし、マリアの話だけで彼女を処分するなどあり得なかった。
だけど、マリアは僕が思うよりも用意周到だった。
マリアの話に反対した翌日、お父様に呼び出されたのだ。
「アラン、私はお前を自由にさせ過ぎたのかもしれん。今更お前のしたことをとやかく言うつもりはない。だが、マリアの言うことは聞いておけ。ソフィアという娘に責任を負わせないと王族の名に傷がつく。分かるだろう?」
マリアがお父様にどんな話をしたのかは分からない。それでもお父様の目を見れば、この決定を覆せないのは明らかだった。
「……はい、承知しました」
こんなことが許されて良いわけない! そう思うのに、僕の口から出たのは情けない言葉だけだった。
(僕の軽率な行動でソフィアが……僕はなんて最低なんだ!)
僕は彼女が国外追放されて以来、部屋から出られなくなってしまった。
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