第10話 人々の記憶
家に帰ると、ジョナスさんが満足気に迎えてくれた。私が休んでたくさん買い物してきたのが本当に嬉しいみたいだった。
お土産のお饅頭もすごく喜んでくれて、三人で食べながら今日の話をたくさんした。
この幸せがずっと続いてほしい。
私は本気でそう願っていた。
翌日からはまた仕事に勤しむ日々が始まった。ただ、少し変化があった。私も接客の補助をするようになったのだ。
「書類仕事は大分慣れただろう? そろそろ接客の方も覚えてもらわないとね。まずはレオの後ろについてみなさい」
ジョナスさんからそう言われ、急にやらされることになったのだ。
最初のうちは緊張して立っているだけでやっとだったのだが、時間がたつにつれて少しずつレオを補助することが出来るようになってきた。
「……そのようなご要望ですと、もっと深みのあるブルーサファイアを使用したものが良いかと。ご覧になりますか?」
レオが接客をしながらこちらに目線で合図を送ってくれる。私はあらかじめ用意していたブルーサファイアのネックレスをそっとレオに差し出した。
「ええ、お願いするわ」
お客様が頷くと同時に、レオがテーブルにネックレスをのせる。私は徐々にレオが求めることが分かるようになっていた。
そんな私の様子にジョナスさんは上機嫌だった。
(大丈夫、少しずつ出来ることが増えてるわ。ちゃんと給料分の仕事が出来るようになってきてるはずよ)
そんな前向きな気持ちも芽生えてくるようになっていた。
時々休みを取ることが出来るようになって、仕事と私生活のメリハリもつけられるようになった。一人で街を歩けるようになったし、よく行くお店の店員さんと顔なじみになったりもした。
(モユファルの街に馴染んできてるわよね? ようやくここの住人になれたかしら)
あの日以降、過去のことをなるべく考えないようにしていた。まずはここに慣れるのが先だと自分に言い聞かせて。
(レオも苦しくなるなら胸の内にしまっておいて良いって言ってたし……)
そうやって逃げ回っていた。
でもある日、逃げ回っていたバチが当たった。
その日は紹介でやって来た新しいお客様が一人、ネックレスを探されていた。
「ここのネックレスが評判良いって聞いて、ハプレーナから来たの」
品のよさそうなご婦人が何気なく発したその一言に私は背筋が凍った。
ご婦人とレオの会話が遠くに聞こえる。
(この人が私のことを知っていたら……)
「……ソフィア」
頭が真っ白になって呆然と立ち尽くしていたのを、レオの声が現実に引き戻した。
どうやらいくつかネックレスを見ていただくことになったようだった。
「あ、申し訳ありません。すぐにご用意しますね」
私はすぐに取りに行こうとしたのだが、すでに奥からジョナスさんがネックレスを持ってきていた。
「お待たせいたしました。こちらをご覧ください。……ソフィア、ちょっと良いかい」
「はい……それでは失礼いたします」
お客様の対応はレオに任せて、私はジョナスさんに別室に連れていかれた。
「ソフィア、お客様の前であのような態度はいただけないよ」
「はい、すみません……」
「反省しているならいいんだ。接客に戻れるかい?」
「……」
戻りたい気持ちはあるけれど、戻ってまともな接客が出来る気がしなかった。
あのご婦人が私の顔を知っているかは分からないけれど、一度は耳にしているはずだ。王族を誑かした悪女『ソフィア・リーメルト』という名前を。
(怖い……。蔑んだ目で見られたくない。その姿をレオやジョナスさんに見られたくない!)
私が黙り込んで俯いていると、ジョナスさんが短くため息をついた。
「ソフィア、逃げるのかい? これからハプレーナ王国から来た客には顔を出さないつもりか? お前はブラウン宝飾店の店員で、あのご婦人はお客様だ。失礼なことを言われた訳でもないのだから、胸を張っていつも通りの接客をしなさい」
どうやらジョナスさんは私がおかしくなった理由を分かっていたようだった。
「で、でも、お店に迷惑をかけるかもしれません。私は接客しない方が良いのではないでしょうか」
絞り出した声は、か細くて消え入りそうだった。こんなのは言い訳だ。分かっていたけれど、言わずにはいられなかった。
「ここは悪評一つで潰れるような店じゃない。 お前が向こうで何をしていたのかは知らないが、国外追放されるほどだ。大それたことをしたんだろう? その時の思い切りの良さを出してほしいものだよ。……行ってきなさい」
ジョナスさんの口調は柔らかかったが、有無を言わさぬ雰囲気だった。
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