第9話 レオの過去

「実は俺も師匠に助けてもらったんだ。それでそのまま雇ってもらったってわけ。ね、ソフィアと同じでしょ?」


「そうだったのですね」


 それを聞いて色々と腑に落ちた。ジョナスさんが私を助けてくれた時、なんだか手馴れていたのは二人目だったからだ。それにレオが私に親切にしてくれるのは、似た境遇だったからなのだろう。


「実は俺もハプレーナ出身なんだよ。王立騎士団にいたんだ」


「騎士団に?!」


(ものすごくエリートだったってことじゃない)


 ハプレーナの王立騎士団に入るには厳しい審査があると聞く。家柄は勿論、戦闘能力や幅広い知識なども必要で、倍率の高い狭き門なのだ。その分、騎士団員のいる家は三代は安泰なのだと言われていた。


「まあ、当時の上官に目をつけられて除籍処分になっちゃったんだけど」


「除籍?!」


 次々飛び出す新情報に驚かされるばかりだ。


「そうそう、馬が合わなかったのかな。よく難癖をつけられてたんだ」


 そんな理由で除籍にされるなんて……軽い感じに言っているけれど、かなり重たい話だと思う。

 それに、騎士団がそんな組織だというのも衝撃だった。


(もっと統率の取れた組織だと思っていたわ。外からだと分からないものね)


「訴えなかったのですか?」


「訴えたって、もっと酷い目に遭うだけだよ。何となく分かるでしょ?」


「……」


 レオの言うことはもっともだ。騎士団の上官ならば身分は相当高いだろうし、そんな相手を貴族院で裁いたところで意味がないだろう。あれは身分が高い方が勝つのだ。


「その後、親から勘当されてさ……あとはソフィアと一緒。だから師匠には本当に感謝しているんだ」


「勘当なんて、そんな」


 不名誉な理由での騎士団除籍は、家名に傷がつく。勘当もありえない話ではない。

 確かに私の境遇と似てると言えなくもない。言えなくもないけど……


(レオは悪くないんだし、私と一緒だって思うのは申し訳ない気がする)


 私は悪くないとは言えない。マリアの婚約者を盗ったかと言われると微妙だが、マリアを侮辱したことは事実だから。


「そんなに考え込まないでよ。俺は今幸せだから」


「はい……あの、話してくれてありがとうございます」


「こちらこそ、聞いてくれてありがとう。こういう話が出来て嬉しいよ」


 真っ直ぐこちらを見て微笑むレオを見ていると、胸が苦しくなる。ジョナスさんに拾ってもらった同士だけれど、レオと私じゃ違いすぎる。

 レオは暖かな光のような人だ。酷い目に遭っても自分の人生を悲観することなく、前を向いて生きている。


 それに比べて私はどうだ。レオに話すのも恥ずかしい過去しかない。ここまで話してくれたレオに私の『こういう話』もしなくてはいけないとは思うのだが、どうにも口が鉛のように重たくなって開かなかった。


「あ、あの……私は……」


「うん?」


「私はレオと同じなんかじゃないです。だって私が国外追放されたのは……」


 その先の言葉が出てこなかった。嫉妬に狂って、不貞腐れて、暴言を吐いて……それを自分の口で語る勇気がなかった。

 あの時の自分が100%悪かったなんて思ってはいない。けれど時間がたつにつれて、いかに自分が幼稚だったか思い知らされる。


「ごめんなさい、上手く話せないのです。レオのお話を聞いたのだから、私も話さなきゃいけないとは思うのですが……」


「無理に話す必要はないよ。ソフィアが話して楽になるのだったら話してほしいけど、苦しくなるなら胸の内にしまっておいて」


「はい……」


「僕は話して楽になったから、いつか話したくなったら遠慮なく言ってね」


 レオの優しい声にうなずくことしか出来なかった。話して楽になりたい気持ちと、情けない自分をさらけ出したくない気持ちがぐちゃぐちゃになって、涙がこぼれた。

 レオは何も言わずに白いハンカチを貸してくれた。


「さて、過去の話はこれくらいにして、未来の話をしようか」


 私の涙が少しおさまったのを見たレオが明るい声で提案した。


「未来?」


「そう。この後、美味しいお饅頭のお店に行かない? 家で一人寂しく店番している師匠にお土産を買っていかないと。ね?」


「ふふっ、そうですね。たくさん買って帰りましょう」


 また私はレオの優しさに甘えてしまったのだった。

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