第8話 初めての休暇

「ソフィア、もういい加減に休みをとりなさい。ここに来てからずっと働き詰めじゃないか」


 近頃ジョナスさんに休みを取るようにやんわりと言われていたけれど、だんだんと言い方が強くなってきていた。


「そう言われても、やることもないですし……」


「この国に来てから一度も外出していないだろう? 色々回ってきたらどうかね?」


「でも……」


(ここが居心地良すぎて忘れてたけれど、私って国外追放された身なのよね……)


 この国には私のことを知っている人はいないはずだけど、一人で外に出るのは気が引けた。


 私がうつむくと、ジョナスさんは何かを察したようだった。そうしてレオに向かって口を開いた。


「レオ、明日はソフィアに街を案内してやりなさい。明日は予約のお客もいないし、私一人でなんとかなるから」


「いいですよ。ソフィア、明日はよろしくね」


 レオが人の好い笑顔でこちらにパチリとウインクを決めてきた。

 何か勘づいたのかもしれない。あっさりと快諾されてしまった。


「え? はい……」


 あれよあれよという間に、明日は仕事を休んでレオと出かけることになってしまっていた。




 翌日、私とレオは朝から街に繰り出した。

 いや、渋る私をレオが引っ張り出したと言ったほうが正しいと思う。


 まずは朝市を見て回ろうと言われて、宝飾店のすぐ近くの大通りに来た。

 外に出るのが久しぶり過ぎて身体が強張ってしまう。そんな私の様子を見かねたのか、レオが肩に手を置きながら私の顔を覗き込んできた。


「ソフィア、この辺りは治安も良いし、街の人達も良い意味で他人に無関心だから大丈夫だよ」


「わ、分かりました」


「ほら、あそこのフルーツ美味しそうじゃない?  朝ご飯全然食べてなかったからお腹空いてるでしょう? 買っていこう」


「あ、はい」


 朝市は活気で溢れていて、皆が笑顔で過ごしていた。

 街の様子を眺めてようやく、本当に隣国で生活しているのだと実感がわいてきた。


(本当に良い街ね。私のことを知らない人達の世界……ここで、一からやり直せるかしら)


 ぼんやりと行き交う人々を眺めていると、目の前に桃が差し出された。小さくカットされて串に刺さった桃は、瑞々しくて美味しそうだった。


「はい、ソフィアの分。美味しいよ」


「ありがとうございます……美味しい!」


 一口食べると桃の香りが口いっぱいに広がった。まろやかな甘さが自然と頬を緩ませる。


「良かった。ここのフルーツは他のもすごく美味しいから、また買いに来たら良いよ。次はこっち」


 レオに手を引かれて次々とお店を見て回る。青果店、精肉店、服屋、靴屋……どうやら生活必需品を揃えられるように紹介してくれているようだ。


(私が生活出来るように考えてくれているのかしら。レオって本当に気が利くというか、さり気なく優しいのよね)


「ありがとうございます。レオ」


「ん? どういたしまして。お店も一通り回ったから、ちょっと休憩しない? そこのカフェ、コーヒーとクッキーが絶品なんだ」


「はい、是非!」


 気がつくと私はすっかり身体の余計な力が抜けていた。




 レオは最初から親しみやすかったけれど、こうして二人で過ごすのは想像以上に楽しかった。

 私のことを貴族の娘ではなく、ただの同僚として扱ってくれているのが心地良いのかもしれない。


「それにしてもソフィアは随分と変わったね。最初に会った時は不貞腐れた世間知らずのお嬢様だったのに」


(私って本当に失礼な奴だっだわよね。声をかけてくれたジョナスさんにあんな態度で……)


「本当にお恥ずかしい……でも根っこは変わっていないような気がします。私は世間知らずだし、何か不幸が降り注ぐとすぐに不貞腐れるんです。今は幸せだから、変わったように見えるだけで」


「……」


 私の言葉にレオが黙り込んでしまった。


(いけない……こんなジメジメしたことを言うつもりはなかったのに)


「すみません、ちょっと褒められ慣れてなくて……調子に乗らないように自戒しただけなんです。えっと、変わったと言ってくださって嬉しかったです」


「うーん……そっか。ソフィアは褒め言葉を受け取るのが下手くそだね。君は絶対素敵になってるし、もう少し自分を信じてあげな。無理ならとりあえず俺を信じて」


「レオを?」


「そうだよ! 俺が言ってるんだから間違いない。ソフィアはちゃんと変わった」


「ふふっ、ありがとうございます」


 働きだした頃もそうだったけれど、レオは本当に人を元気づけるのが上手い。いつも私が心の奥底で欲しがっていた言葉をくれる。


(どんな人生を送ってきたら、こんなに優しい人になれるの? そういえば私ってレオのこと全然知らないわ)


「レオはどうしてジョナスさんの弟子になったのですか?」


 気になって尋ねてみると、レオはちょっと複雑そうな顔をした。


「あぁ……うーん、理由は多分、ソフィアと似ているかな」


「え?」

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