ヒューロイの話・前編

 ヒューロイ・ラムデルは伯爵家の四男である。

 長男は嫡子だからいいだろう。次男三男は婿入り先を世話してもらえた。しかしヒューロイは四男で、しかも末っ子である。上には姉達もいてそちらの嫁入りもあったものだから、最終的にヒューロイは自力でどうにか身を立てなければいけなかった。

(せめてこんなに子沢山じゃなければなあ)

 普通の伯爵家ならなんとかなっただろうに、子供が多すぎてヒューロイ以外の世話を出来ただけ御の字という有り様である。ヒューロイのことも考えていただきたい。

 とはいえ両親は今でも互いに愛し合っているから仕方がなかった。代々夫婦仲も家族仲もよい家なだけましだろうし、ゆえにか名ばかりの古い一族ながら団結している。貴族として文句の言いどころがなかった。はい終了。

 長じたヒューロイは職を得る為に学院で騎士課程を修め、そのまま兵舎で騎士として勤め出した。とはいえ、現状は騎士というよりか物品係である。なんで! 騎士になるような奴らって! 物品管理とか細かいことが雑なの!! かゆいところに手が届くと重宝され、職を失う可能性が低いことだけが幸いだろうか。

 そんな感じでそれなりに忙しく日々を過ごしていたところ、祖父から呼び出しがあった。

「デレッセント公爵家で侍従を求めておるから、お前面接に行ってこい。申し込みは出しておいたから」

「俺今騎士してるんだけど」

「お前は老い先短い老人の願いも聞けんのか! あのデレッセント公爵家だぞ! ユレニッタ姫の御家系ぞ! むしろ有難く思え!!」

 俺、ユレニッタ姫とお目見えしたことないし、それ以上にめちゃくちゃに元気じゃねえか。あと二十年は死なんわ。

 デレッセント公爵家は先王の妹が降嫁した家柄なのだが、件のユニレッタ姫という御仁が傾国の美姫というやつであったらしく、当時の社交界は彼女を狙う獣と崇拝する信奉者で二分されていたそうな。ヒューロイの祖父は後者で、彼女が亡くなった今でもその美しさを崇めてやまない。こんな男でよかったんかよお祖母様……と思うことがないでもないが、獣側でなかったわけだし元気がないよりはよいと思うことにしている。

 その後も祖父が喧しく、ヒューロイは仕方なしに面接だけは受けることにした。相手は公爵家、ヒューロイの強みは伯爵家令息という肩書きだけだ。なんなら「祖父が申し訳ございません」とその場で謝罪して話をなかったことにしてもらえばよかろう。流石に無礼だとぶちのめされたりはしないだろうし。

 そんなわけで訪れた公爵家はまるでこれから何かの大会が行われるのかと思うくらい人に溢れていた。

(……当たり前だったわ。公爵家の侍従だぞ)

 当代、公爵家はひとつしかない。その公爵家の侍従だから箔が付くのは当然で、見ればヒューロイと同じような各家の次男以下が居並んでいる。ただでさえほとんど城の大広間であろう場所にこれだ、ヒューロイは(はい落ちまーす)と気楽に構えることにした。祖父への言い訳は「希望者が山のようにいたんだから仕方がない」、これに尽きる。実際山のようにいるのだから受かるわけはあるまい。

 あまりに人数がいるからか、面接は複数人で一気に行われているようだった。応接室と思われる場所に数人がぞろぞろと入っては出てくる。それにしても……。

(なんだあれ)

 出てくる面接希望者が軒並みぼんやりとしているのだ。心ここにあらず、足運びの怪しい者までいる始末。

 胸中で首を捻っているとヒューロイの番が来た。兵舎仕込みの機敏さで音も立てずに室内に入ると、そこには侍従長と思わしき年配の男性、そして背後に女王のように座しておられる多分公爵夫人、それから──子供が二人。

(子供?)

 見るからに高価そうな子供服から見るに、公爵家の子供だろう。少年と少女、手を繋いでぴったりと寄り添っている。

 ここは可愛いと表現すべきところなのだろう。絶対にそうだ。お世辞でもそうだ。だが正直に言おう、可愛くない! むしろ怖い!!

(何あのお嬢様! めちゃくちゃ怖い!!)

 無って顔してる! 完全に無! 何をどうしたらあんなに完全に感情消せるの!? 十歳なってない感じなんだけど何!? 戦場帰りなの!? 平和だから戦に出たことないし見たことないけども!!

 ヒューロイは思わず同時に入室した面接希望者達を見た。皆も同じように違和感を覚えているだろうと思ったからだ。だというのにどうしてだろう、一人として少女を気にした素振りがない。

「では一人目から」

 ええ〜始まるのぉ〜!? 挙動不審気味にそわそわしたヒューロイに気がついたか、少女がそっと視線を寄越してくる。

(見ないで!)

 瞬時に固まったヒューロイに、少女はじっと視線を向けたまま……、

(こえー!!)

 ニヤッと、ほんとにニヤッと目尻だけで笑いました! 笑いましたよ!! これどんな怪異!? 俺今ちゃんと公爵家にいます!? どっかの山奥で崖から落ちてるとかいうオチない!? 我が目よ覚めよ!!




「ハッ!」

 ──ヒューロイが正気に戻ると公爵家から出たところだった。面接は終わっている……よな!? もう戻りたくないから終わっててほしいまた行ったら記憶を失うパターンじゃんこれ!!

 とにかく、全てを口に出していたら一人喧しいことこの上ない状態でヒューロイは慌てて兵舎に帰ったのだった。どう考えても自分の口から顛末を説明出来る筈がないので、祖父には「希望者殺到してたので無理だと思います」とだけ一筆認めておいた。何を言われてもそれ以外伝えられることがない。公爵家で階級以外の関係で怖い目に遭いましたとか、誰も信用する筈がないからである。

 そうして一週間……もせず、ヒューロイは唐突に副将軍から呼び出しを受けた。

「ヒューロイ・ラムデル、参りました」

「入れ」

 普段入室することのない副将軍室はなるほど綺麗に維持されている。如何に肩書きを得てもこの兵舎で叩き上げられた騎士はなかなかどうして物を整理整頓することが苦手で、よく見れば部屋の端に何かが山積みにされていたり掃除が疎かだったりするものだ。けれど副将軍は几帳面な性質なのか、部屋全体が綺麗だし空気も清浄だった。常に換気をされているのだろう、窓もそっと開かれていて束ねられたカーテンが穏やかに靡いている。

(うん、信頼出来ますな)

 失礼ながら上からものを考えていたら、唐突に「君が兵舎から巣立つのは非常に残念だ」と実質的な解雇宣言が下された。勿論事前通告も何もあったものではない。

「ど、え、わ、私が何か致しましたでしょうか!」

「先日デレッセント公爵家の侍従面接を受けたな」

「あれは祖父の顔を立てて確かに受けましたが! 落ちますので!」

「落ちない。君のことは私が推薦した」

「なんでェ!?」

 直立不動のままビィーンと足を張ったヒューロイに副将軍は「君なら任せられると思ったからだ」と実に淡々と告げてくれた。

「私の弟は問題が多い」

「おと、弟様……」

 言われ、ヒューロイの頭は急速回転を見せる。弟……弟……。

(ヒネビニル・デレッセント副将軍)

 ──デレッセント公爵家!!

「面接にも同席していたと聞いた。一際綺麗な男児を見ただろう」

「申し訳ございません、多分その、可愛らしい弟君であらせられたかとは思うのですが」

「覚えていないのも当然だ。君はその隣の女児に気をやられたのだろうからな」

「!」

 ヒューロイは目を見開いた。それに副将軍はひとつ頷き、「ゆえに、君は選ばれた」と告げるではないか。

「私の弟は特別問題が多い。その原因は祖母譲りの相貌だ。幼い男児だというのに、男も女も見境なく羽虫のように寄ってくる」

「羽虫……」

「面接を終えた希望者が軒並み心ここにあらずといった有り様だったのは覚えているか?」

「は、はい!」

 思いっきり首を縦に振るヒューロイに副将軍はあからさまに嫌な顔をした。元より顔立ちが強面でいらっしゃるので大変怖い。ヒューロイに対する不満でないことだけが幸いだろう。

「弟に初めて会った人間は大抵ああだ。重ねて会えば会うほど執着が増す。祖母もそうした日々を送っていたらしい」

 噂のユレニッタ姫でいらっしゃいますか、それは地獄ですね? 不敬ながら首をぐんにゃり曲げるヒューロイに、副将軍はますます嫌な顔をして頷いた。密室でもない筈なのに、さながら地獄のような室内と化しているのは気の所為ではあるまい。

「そこであの女児だ。彼女は弟の婚約者になる予定でな」

「予定ですか」

「予定という名の決定だ。他に隣に立てる者はいなかろう」

 副将軍が言うに、弟君の執着が激しいそうな。子供は一時期そうしたこともあろうし、それはそれで微笑ましく眺めてみてもいいのではなかろうか、みたいなことをヒューロイが考え考え言うがしかし、副将軍は緩く首を横に振った。

「彼女は弟を芋と同等に見ている」

「芋と」

「むしろ食えるだけ芋の方が上等だと思っているだろう」

「芋の方が」

「ゆえに、彼女はなびかない。流されない。弟を弟のまま、色眼鏡で見ない。己の環境を改善する為だけに我が家に引き上げられることをよしとした彼女は、生半可なことではそれを許した母を裏切らない。そして弟に対して不利益を許さない。その彼女が唯一君ならよしと判断した。その意見を公爵家一同支持する」

 どうにもこうにも幼女に対する表現ではない気がする……。あとそこに俺の意志は……。

 結局、ヒューロイは何もわからないまま問答無用で騎士を辞めさせられ、ヨナビネルの侍従見習いに転職したのだった。見習いなのは勿論、続くかわからないという保険だろう。万が一の時は、勿論ヒューロイに責任がないという前提であるが、騎士に復帰させていただけるよう副将軍の言質は取ってある。

 そんなわけで、ヒューロイは恐れながら二度目の公爵家邸内へと歩を進めることになったのだ。

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