毒吐き蛇侯爵の、もっと甘い呪縛


「うーうー。びっくりするほど、緊張する!」

「奥様、動かないでください。ベールがずれます」

「ミンケー」

「なんでしょう」

「大丈夫かな、私」

「さあ」

「つーめーたーいー」


 と言いつつもゆらゆら揺れる尻尾は、上機嫌な証拠なのを知っている。

 ミンケの鼻がヒクヒクしているのも。目が少し潤んでいるのも。全部全部、愛おしい。


「ありがと、ミンケ」

「仕事ですから」

 

 ドレスの後ろを引きずるロングトレーンを両手で抱えながら、ユリシーズの待つ控室までついてきてくれるのが心強い。

 

 この世界の貴族の結婚式は、お互いの家の当主の前で夫婦の宣言をする形が主流だ。小さな家だと、お互いの家族に紹介するパーティのようなものをするらしい。

 だからか特に決まったスタイルはなく、ドレスの色も自由なのだけれど、ユリシーズに「前世では新郎の色に染まる、という意味で白を着る」と教えたら「いいなそれ」とニヤリ。

 

「セラの前世の記憶ごと、塗り替えてやる」

「ふごおおおおおお」

「だから、どっから声出してんだよ。くっくっく」


 そうして、ふたりで『白』を着ると決めた。

 

 テーラーさんもはじめは驚いていたけれど「お互いに染まる、という意味ですか! なんと素晴らしいお話で感動しました!」と今後も白い衣装を流行らせようと息巻いている。なにせ、純白は加工が大変で(ベージュがかってしまう)高額なものになる分、貴族が好みそうということらしい。

 


 さっとミンケがロングトレーンを抱えたまま横にずれて、控室の扉をノックする。

 返事がない。

 

「リス?」


 恐る恐るミンケが開けてくれた扉から入ると、窓際で腕を組んで佇んでいるユリシーズが目に入った。

 

「ああ……来たか」

 

 真っ白タキシード姿は、控えめに言っても最高だった。ガタイが良い人が着る礼服って、破壊力がものっすごいよね。


「セラ。素晴らしいな。本当に綺麗だ」

「へへ」

「その鱗もな。誰にも見せたくはないが……でも見てもらいたくもある。不思議だな」

「……」


 私は彼の気持ちが本当に嬉しくて感極まってしまい、何も言えなくなってしまった。

 だって、私を私のまま受け入れてくれているから。


 

 バージンロードという概念もないこの世界では、ふたりそろって両家の当主の元へと歩いていく。

 意外にもユリシーズのお父様は華奢で黒髪に眼鏡を掛けた、学者のような見た目だった。お母様が迫力ブロンド美人で、なるほどと思ったけれど(マージェリーお姉様瓜二つ!)。

 


 遠くからでも、私の父――アウリス・カールソン侯爵の肩がぶるぶる小刻みに震えているのが分かって、つられた私は涙を止められなくなってしまった。

 今日の出席者は、双方の家族の他、ディーデやウォルト、それから魔法学校に入学する予定の生徒と孤児院の子どもたち。

 みんなが笑顔で迎えてくれて。心からお祝いしてくれている気持ちが伝わって。嬉しくてたまらなくて、自然と笑顔になっていく。



 ゴーン!



 鐘を合図に、ふたりで歩き出した――

 

 


 ◇ ◇ ◇



 

「まさか、カールソン卿があんなに号泣するとはな」

「ソーデスネ」

「なんだよ」

「なななんでもないでふ」


 結婚式後、湯浴みを終えた私は、ユリシーズの寝室に来ていた。

 そうです、あれです、散々お預けのお預けでお預けだった(三回言わざるを得ない)、初夜! というやつです!


 さすがにミンケはそうしたことに疎かったため、カールソン侯爵家の誇るメイド長、サマンサがはりきって色々な準備をしてくれた。

 香油を塗りつけられたり、紐でほどけやすいネグリジェと下着を着させられたり、本当に下ごしらえされている気分で、今はまさにまな板の上の――


「無理すんな」

 

 暖炉の前のカウチソファでホットワインを飲むユリシーズは、ガッチガチで隣に座っている私に向かって眉尻を下げ、静かに言った。


「今さら焦ることでもねえし」

 

 怖いとかではなくてですね。あなたのその寝間着のボタン、上の方全然留めてないから胸筋がチラチラしててですね……ドッキドキのバックバクで口から心臓が出そうなんです。ひいぃ。

 

「また、我慢する?」

「はは」


 それにはちゃんと答えずにカン、とローテーブルにグラスを置くと、ユリシーズは背もたれに片肘を乗せながら、私の髪の毛を一束すくってクルクルと弄びはじめた。


「あ、それ」

「ん?」

「お披露目夜会のドレス作った時。同じことされたの」

「そうだったか?」

「めっちゃ手慣れててムカついた!」

「は?」

「女の人にそういうこと、いっぱいしてきたんだろうな~って」

「くくく」

「なによ!」


 ユリシーズの目が細められた。


「だっておまえそれ、その時から嫉妬してたってことだろう?」

「ほぎゃ!?」

「くくくく」


 楽しそうに笑って、そのまま私の髪の毛にキスを落とす。


「……俺はきっと、最初から惚れてたな」

「え」

「カールソン卿から相談されていた時から気になってはいたんだが。あの茶会でキレた時」

「……うん」


 周りの令嬢たちの悪口で理性が焼き切れてしまったのは、十八年間不安でたまらない中自分を押し殺し、我慢に我慢を重ねて生きてきたから。

 それでもキレたのは良くなかったと反省しているし、もしユリシーズがいなくて死罪になったとしても、きっとそのまま諦めただろうと思っている。

 

「普通なら泣き叫ぶところだろう。だがじっと唇を噛んで、死ぬ覚悟をしていた。だから、助けた」

「庇護欲じゃなく?」

「ああ。守るというより『俺のにしたい』だな」

「そっか……嬉しいな……私も、すごく優しい人だなって思って」

「あれでか?」

「あれで!」


 ふふ、と私はおかしくなる。


「二の腕を掴んでエスコートされたのは、はじめてだったけどね!」

「そうだったか? ……たぶん強引に連れ出さないとウォルトに捕まると思ったんだな」

「でも、全然痛くなかったの」

「!」

「笑うと目がなくなるのも、いいなって」

「セラ」

「そう言われると、私も最初から……わっ!」


 ぐいっと二の腕を引っ張られ、ぎゅうっと抱きしめられた。

 

「それ以上は、やべえ」

「ふふふ」

「はあ。セラ……出会えてよかった。結婚してくれてありがとう」

「私も。私もだよリス。結婚できて嬉しい」


 温かくてフカフカの胸筋に顔をうずめるのが、大好き。

 ユリシーズの体温も匂いも、いつも私を安心させてくれる。けれど今日は――トトトト、とすぐに分かるくらいに、彼の心臓の音が速い。


「ねえ」

「ん?」


 少しだけ身体を離して見上げれば、優しく微笑むエメラルドの瞳。

 ああ、なんて愛しいんだろう。

 感極まった私は、顎の横あたりにキスをする。


「こら」

「我慢して、とは言ってないよ」

「!!」

「恥ずかしかっただけ」

 

 眉間に大きなしわを寄せながらぎゅっとつぶった後、再び開いたその目は――先ほどまでとは打って変わってギラギラと輝いている。


「……嫌だったら、すぐ嫌って言えよ」


 言葉とは裏腹に、蛇がシャーッて威嚇してるみたい。

 

 うん。私はカエルなので。食べられて当然なのである。とっくに覚悟済なのである!


「嫌なわけない。愛しているの」


 今度は唇にキスをしてみたら――何度も何度も角度を変えながらの、深いキスが返って来た。

 舌で歯をこじあけられて、熱く絡ませて、お互いをむさぼりつくすかのように、何度も何度も。

 

 私も、彼の首に腕を絡ませて、応える。足りない。応えても、応えても。足りない。もっと欲しい。


「はあ。お望み通り、朝まで喰らい尽くしてやるよ。俺の愛しいカエルちゃん」

「ゲコゲ……ひゃっ」


 がばっと横抱きにされたかと思うと、そっとベッドに横たえられて、あっという間にネグリジェの紐を解かれ覆いかぶさってこられて。

 

 



 ――わたくし、カエルちゃん。ほんとに朝まで食べられちゃったようです(胸筋もそうだけど腹筋もすっごかったよ!!)。




「セラ。愛している」

「私もよ、リス」



 蛇侯爵に、物理的にも精神的にも、毎日ぐるぐる巻きに抱きしめられている。なんてなんて甘い呪縛なんだろう! ほんっとに、幸せ!!




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 最後までお読みいただき、ありがとうございました!


 カクヨムコンにエントリーしております。

 少しでも面白かった! と思っていただけましたら、ぜひ★★★で応援いただければ嬉しいですm(_ _)m


 あとがき(ネタバレ)に続きます。

 

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