未来を切り拓(ひら)く 前


「なにしろ人手が足りない。仕事ができて信頼できて仕事ができるやつ、知らないか」


 ユリシーズの私室。

 執務机の上には、書類が溢れている。魔法学校関連、侯爵領経営、家の運営、魔導士特別顧問の決裁エトセトラ。

 家のことは執事のリニと私が手分けをしてこなしているものの、やはり人間の家令を据えた方が良いというリニの意見は「人材がいない」とずっと保留中だ。

 

 最近では、応接ソファがすっかり私の第二のオフィスになっている。

 

「私引きこもりだったし……ウォルト様のご友人とかは?」

「脳みそが筋肉でできてる奴しかいねえ」

「わー(万国どころか世界を超えて共通!)。それなら最終手段、使いましょうか?」


 本当は絶対避けたいけど、背に腹は代えられない。


「最終手段?」

「はい。弟。呼びます」

「腹違いのか」

「はい」

「大丈夫なのか? カールソンの次期当主だろう」

「父はまだまだ元気ですし。仕事、できます。私のことを黙っていたぐらいなので、口も堅いです。ただ」

「ただ?」

「性格が……」


 ユリシーズの眉間の皺がものすごく深くなった。


「性格? 悪いのか」

「悪いというか、なんというか」

「ふむ。呼んだら来るのか」

「はい。多分軍団引き連れて押し寄せます」

「軍団?」

「アンジェロ軍団」


 アンジェロ・カールソン。私の父と同じこげ茶の髪色で、後妻である継母の美貌をそのまま受け継いだ、見目麗しい侯爵令息だ。私の二歳下の十六歳。

 十四歳で入学した貴族学院は先月首席卒業したばかり。後継となるべく父の仕事の補佐をする予定だ。

 

 だから、フリーと言えばフリー。


「会ってから決める」

「じゃ、お手紙書きますね」

  

 ――私の領に手紙が届くのが、三日後。アンジェロがエーデルブラート邸に来たのは、その三日後。しかも朝。


 エーデルブラート邸の結界をこじ開けようとしてるやつがいる、と飛び起きるほど心臓に悪い朝はないよね。

 (窓から慌てて外を見たら、リニが珍しく全速力で走ってた。ジャガーすごい)


「ちょっと! いくらなんでも、早くない!?」

「普段ぼーっとしている姉上が、わざわざ呼んだのです。緊急事態でしょう」

「ふぬぬ」

 

 荷馬車を置き去りに、馬を駆って来たらしい。前髪がボッサボサのままだ。

 

「あ~。アンジェロ? ユリシーズだ」

「お初にお目にかかります、エーデルブラート卿」

「我が家と思って気楽にしてくれ」

「光栄です」


 玄関ホールで、嫌味なぐらい完璧なボウ・アンド・スクレープをして見せる弟を、じとりと見る。

 この子はこう見えて、油断がならない人物なのだ。


「それにしても。妻の弟を呼びつけるほど人手不足とは。噂以上の環境でないことを願いますよ」

 


 ほらね!



「ほう。どんな噂だ?」

「それを言ったら、消されてしまいませんか」

「物騒だな」

「物騒でないことを祈りますね」



 ほらあ! ね!



「はっは。面白いやつだな。なあ、セラ」

「……姉上。また不細工な顔してますよ」

「んもー!」

「ぶさいく? かわいいだろ」

「え」


 アンジェロが目を真ん丸にした。青い目が、ガラスみたいに綺麗に光る。


「ふん! どうだ! ちゃんと、愛されてます!」


 私はユリシーズの腕にぎゅっと抱き着いて、背伸びをしてから頬にチュッとキスをする。


「おいこら」

「ほら!」

「!?!?!?」


 ぼば! と真っ赤になった後で、アンジェロがわなわなと震え始めた。


「そ、んな……契約結婚じゃ……」

「え。お父様から聞いてないの? 結婚式の招待状、送ったでしょ?」

「うそだ! まさか、ほんとの、結婚?」

「そうだけど」


 アンジェロは、ぶるぶると両拳を震わせながらユリシーズをぎっと睨んだ。


「僕は認めない」

「あ?」

「へ?」

「姉上の夫としてふさわしいかどうか! この僕が! 判断するからな! おいメイド、僕の部屋はどこだ!!」


 冷めた目をしたミンケが、こちらへどうぞと案内を始めると、ドスドス足音を鳴らしながら去っていく。


「えぇ~? あんな子じゃなかったんだけどな?」

「……くくく。はははは」 

 

 ユリシーズが、愉快そうに肩を揺らした。


「すげえな。初対面のこの俺様に啖呵たんか切ったやつは初めてだ。根性あるな。気に入ったぞ」

「えーっと。ヨカッター」



 あとから続々とエーデルブラート邸にやってきたのは、アンジェロ軍団と私が揶揄やゆする人々だ。幼いころから、次期カールソン侯爵を支えるべく集められた身元のしっかりした従者、従僕、メイドの数々。

 中にはリニやミンケの存在に面食らう人もいたけれど、眉をしかめるような人には即刻お帰り願ったし、戸惑うなら一緒に過ごしてみてよ、と勧めた。


 結果――


「ミンケさん、今日はご機嫌だった」

「冷たい目線も、良い」

「あの、耳……美しい、耳……!」


 なんか、親衛隊みたくなったよ。

 

 マージェリーお姉様も、はじめはエーデルブラートを下に見ていたような態度の彼らに対して(同じ爵位とはいえ、歴史あるカールソンと比べるとどうしてもね)、厳しく温かく接してくれた。

 

「あらあら。大口を叩く割にその程度なのかしら? 悔しかったら、わたくしを実力で黙らせてみせなさいな」

「マージ様!」

「マージ様、是非こちらを見ていただきたく!」


 良い人材が、また良い人材を呼ぶ。教育をして、改善して、本当に一丸となって。


 

 ――気づけば、結婚式が十日後に迫っていた。


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