争いの果てに


「我が王国の王子殿下に、なんたることを!」


 ディーデは、『声の封印』の後遺症なのかふらついており、レイヨさんが肩を支えている。私の怪我は幸い大したことはなく、ユリシーズの治癒魔法ですぐに治ったし、マージェリーお姉様がいたわってくれている。


 そんな高級テイラーの前という街の往来で、激高する公爵令嬢を止められる獣人は、誰もいないようだ。


「っ、……サユキ嬢、誤解だよ。セラは、ぼくを止めて、くれただけ……だ」

「ディーデ殿下。貴方様は、騙されているのです! こんな人間ごときに危害を加えられるだなんて……この件、きっちりと陛下へ報告をさせていただきますわ」


 慌てたのは、レイヨさんだ。

 

「お待ちくださいっ」

「下がりなさい、騎士団長。貴方ごときに発言権はありません」

「……っ」

「ならばサユキ嬢。こちらから言わせていただく」


 ずい、と前に出るユリシーズ――こめかみにはビックリするくらいの青筋――にも負けることなく、ユキヒョウの令嬢はキッと睨み返した。


「お黙りになって。わたくしは公爵……」

「我々は、ディーデ殿下のお招きを受け、貴国王陛下の了解の元、宮殿内に滞在をしている『公的な友人』である。公爵令嬢であるという貴殿になんらかの権限があって、我々を糾弾するとして」

「っ」

「我が大切な妻を、獣人が傷つけた。この外交問題について傷害犯の逮捕、身柄引渡し並びに騎士団長への責任追及等々、貴殿の裁量の元に行われると理解してよいか。であるなら、我が国からゼンデン公爵家へ正式な抗議文を送らせていただく。私はエーデルブラート侯爵並びにラーゲル王国魔道士団特別顧問であり、国境防衛結界管理官という特別権限を持っている。その妻を誹謗中傷した件は、重く受け止めざるを得ない」

「……!」

「第三王子殿下の婚約者というお立場であれば、当然この意味、お分かりであろう。とみなされてもおかしくはない発言だが、相違ないか」


 ユリシーズの静かな怒りを含んだ低い美声は、先程まで活気のある喧騒に溢れていた街に静寂をもたらした。

 いつの間にか、たくさんの獣人たちが野次馬になって周りを取り囲んでいるにも関わらず、咳払いのひとつも聞こえない。

 

「っ、そのようなお立場の方が、わたくしのような小娘を脅迫しますのね!! 酷いですわ!」



 うわあ! 散々怒鳴り散らかしてからの被害者ムーブ!



 私は、思わず仰け反りそうになってしまった。寄り添ってくれているマージェリーお姉様の体温も、とても高く感じる。腰に添えてくれている手が、熱い。本気で怒ってくれているのだ。


「この国の王子として、そして友人として、大変申し訳ない。ユリシーズ殿」

「ディーデ殿下」


 このような衆人環視のもと、王子が直接謝罪をする。その大きな意味を分からない者はいないだろう。


 はは、と力なく笑いながら、ディーデはサユキ嬢を振り返る。


「君が好きなのは、ぼくじゃないよ。権力だ」

「な! そんな」

「ディー! だめ!」


 私は、慌ててその言動を止める。みんなが見ている前でサユキ嬢を追い詰めるのは、絶対にしてはならないと思ったからだ。


「セラ?」

「ごめんね。綺麗事だけれど、私はなるべく誰も傷つけたくないの。お願い」

「……はあ、参ったなぁ。セラのお願いなら、牙は引っ込めるよ。ユリシーズ殿、そういう訳で大変申し訳ないが、ぼくに預からせてくれるかな」

「お任せいたします」


 ユリシーズが心から敬意を持った礼をしてみせることで、ふたりの仲の良さが伝わった。私が来るずっと前から交流が続いていたのだから当然だけれど、種族と身分を超えた友情が垣間見えたのはなんだか嬉しい。

 

「……職人たち。自慢の技術を彼らに見てもらいたかったけど、こうなれば視察は取りやめざるを得ない。すまないね」

「殿下は、なにも……!」

 

 きゅ、と肩を縮こませるふたりの職人が、首を横に振る。サユキ嬢への不満は表に出せない代わりに、ワナワナと拳を震わせて我慢しているのが伝わった。


 残念すぎるけど、仕方がない。

 きっと今すぐ宮殿に戻って、報告をしなければならない事件だからだ。

 

「あの! その代わり、お土産に小物をいくつか買って帰るくらいのお時間はいただけまして?」


 咄嗟に申し出た私の提案に、職人さんたちがパッと顔を輝かせる。

 ユリシーズの眉尻も、下がっている。


「構わないよ、セラ。ぼくはレイヨと共にサユキ嬢を送り届ける手筈を整えるから、その間にどうぞ」

「ありがたく存じます、殿下」

「……こちらこそだよ」


 サユキ嬢は、俯いてブルブルと震え、目に涙を溜めているがなにも言わなかった。これ以上ユリシーズの前で発言するには、相当の勇気が必要だろう。

 私は、形式上の心のこもらないカーテシーだけをして、店内に入った。




 ◇ ◇ ◇




「ふわぁ、かんわいい帽子ー!」

「まあ、素敵な扇ですわね」


 獣人たちの作る小物は色使いが多彩で、材料も珍しいものばかりだ。


「これ、なんの革ですの!?」


 マージェリーお姉様が手に取ったポーチは、不規則な鱗模様の不思議な革だった。赤や紺など様々な染料で染め上げられている。


「川辺にいる、ミズオオトカゲの革ですよ。丈夫で、使っていくうちに風合いが変わっていくのもまた、楽しめるのです」


 私は早速ミンケに似合いそうな帽子をいくつか買ったし、マージェリーお姉様は革小物をごっそり買った。


「わたくし、すっかりトカゲさんの虜ですわ!」

「ふふ、お姉様ったら」

「それほどまでに喜んでいただけるとは。職人としての自信になります」

「本当に素晴らしいお品物ばかりですわ。人間は繊細な縫い物ができる代わりに非力ですの。このような硬い革を縫えるのは、強みですわね」


 マージェリーお姉様の発言に、私は思わず――


「獣人さんと人間の職人が一緒になにか作ったら、凄そう〜」


 と無責任なことを言ってしまったのだけれど、職人さんたちが割と真面目に「なるほど!」「お互いの持ち味や技術を見せあえる工房があれば」と前向きに捉えてくれたのが、とっても嬉しかった。


「我がエーデルブラート領は、ナートゥラからもっとも近い人間の街ですのよ。是非そういった試みも考えたいですわね!」


 後でユリシーズに相談してみよう、と思っていると――ドレスの脇の部分を誰かがくん、と引っ張った。


「?」


 首を傾げると、なんと子猫の獣人がいる。大きな三角耳に黒いつぶらな瞳、頬に黒い斑点があった。


「ごめ、ごめんなさい」


 唐突に謝られ、困惑しつつ膝を曲げて目線を合わせてみる。


「どうして、謝るの?」

「っ……さっき、石投げたの、あたし」

「!」


 振り向くと、マージェリーお姉様がさっとユリシーズを呼びに動いてくれた。


「そうだったのね。人間が嫌いって聞こえたわ」

「……うん」

「でも、謝ってくれるのね」

「うん……あたしたちね、お父さんもお母さんも、人間に連れて行かれたから、もう会えないんだって。そんな悪者だから、石投げろって言われたの」

「そ、んな酷いこと、一体誰が」

「さっきの、偉い女の人に似てた」

「ユキヒョウ族、てこと?」


 こくん、と茶色の子猫ちゃんが頷く。

 と同時に、なんらかの魔力を感じた。


「セラ、どうした」

「……リス! この子、守って!」


 叫ぶように言う私の周囲に、突然禍々しい赤い光の輪が現れたかと思うと、何重にもなって体を縛り付けていく。


 子猫ちゃんは、ふっと意識を失い倒れ込み、ユリシーズはそれを腕で受け止めつつ、焦った。

 

「な……結界!? いや、封印か!」

「セラちゃん!!」



 ――私はそこで、意識を失った。

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