首都観光


「ユキヒョウ族の公爵家というと、ゼンデンですね。獣人たちが生活用水を汲み上げている川の、源泉のある山は全てゼンデンの所有です」


 翌朝。宮殿の客室で首都観光へ繰り出そうと準備をしていると、リニが教えてくれた。


「ユキヒョウ族と白虎族は、遠い血縁関係にあたるのです」

「なるほどな……獣人王国の政治に首を突っ込むつもりはないが、向こうから絡んで来そうだな」


 大きなソファの背もたれに片肘を掛けて、モーニングティーを飲むユリシーズは、気だるげだ。


「……どうした、セラ」

「えっと、ほら、私って声に力があるでしょう? 意識して使わないようにしているけれど、昨日大丈夫だったかなって今さらながら不安になって」

「それは前にも言ったが、強く意識しない限りはある程度の声量が必要だ。歌ったり叫びでもしない限り、問題ない」

 


 湖で歌った。

 ウォルトに部屋を出ていくよう、強く言った。

 ユリシーズのかせに怒って泣き叫んだ。

 


 これらの事実と、ユリシーズの観察した結果で、私はその見解に納得している。だからこそグッと怒りや戸惑いは呑み込むようにしているけれど、泣くと力が溢れる。

 花瓶の薔薇が青くなったり増えたりするならまだ良いけれど、号泣すると近隣地域に雨が降るのだ。


「うん……どう考えても、セイレーンって厄介だね」

「ヨルムンガンドも大概だろ」

「えへへ」


 ユリシーズの余裕のある軽口が、心の不安をほぐしてくれる。

 

「似た者夫婦ねえ」


 思わず呟くマージェリーお姉様に、リニとミンケがうんうん頷く。

 

 そうして雑談をしているうちに部屋付きの近衛騎士が迎えに来て、皆が腰を上げた。


 


 ◇ ◇ ◇




「うわぁ、素敵な馬車」

「……目立つ」


 宮殿の前につけられた馬車は、二頭の馬がくつわを並べて引く、屋根のないものだった。

 大きな車輪に、大人三人が腰掛けられるほどの幅のソファが二列、向かい合わせではなく前を向く状態で並んでいる。


「ぼくが案内するよ」


 白いレースアップシャツに茶色のブリーチズは、白虎兄弟お揃いの普段着なのだろうか。

 

「ディー。よろしくね!」

「うん、セラ。なんでも聞いてね!」

「ええ!」

「並走させていただきます」


 今日も騎士団長のレイヨさんが直々に護衛してくれるのは、心強い。

 しかも白狼の騎士が白馬に乗って、だなんて眼福でしかない。


「少し日差しが強いですわね。日傘を差しても?」

「はい、問題ございません」


 マージェリーお姉様が、エントランスの屋根の向こうを眩しそうに見つめているのを見て、レイヨさんが微笑んでいる。


「あら、わたくしおかしいことを?」

「ああいえ、獣人は日差しなど気にしないなと」

「あら。それは羨ましいことですわ。人間は肌が黒くなるし傷むし、歳をとると表面が荒れてきますの。その点獣人の方々は気にしないのかしらね」

「そうですね……多少毛質や貫禄は変わりますが……」

「んまあ、シミやシワと無縁だなんて! 羨ましいですわ!」

「肌に生きた年数が刻まれるのは、素晴らしいことではないのですか」


 マージェリーお姉様が、目を見開いた。


「なにかおかしなことを?」

「いいえ。レイヨ様のお考えは素晴らしいですわね。夜会に出る度に、年増だの行き遅れだの言われ続けて、少し」

「くだらない言葉に耳を貸す必要はないかと。少なくとも獣人が重視するのは、生き物としての強さです」

「!」


 扇をめいいっぱい開いて顔を隠して、マージェリーお姉様は「なら、この国ではわたくし、モテモテですわね!」と照れ隠しで軽口を言ったらレイヨさんが真剣な顔で頷いていた。


「……おい、まさか俺は妹を他国へ嫁に出すことになるのか」

「うん。リス……また色々ほら、国をまたいでの結婚証明の方法とか、書類とか、大変だね」

「俺は役人じゃないんだが。あ、そうか……親父に丸投げしようそうしよう」

「あ」

 


 ――えっと、頑張ってね、リスパパ〜!



「ぼくもレイヨのことは口添えしとくね」


 こっそり囁くディーデに、私がお願いね、と微笑むとニパッと笑ってから大きな声で言った。


「良い天気でよかった。そろそろ出発しても?」


 リニとミンケに見送られて、出発した。




 ◇ ◇ ◇




「まずはね、首都の雰囲気を見て欲しいんだ。父上……陛下が頑張って整えたんだよ」

「整える、ということはつい最近までこうではなかったのか」


 ユリシーズの問いに、私の隣に座っているディーデは恥ずかしそうな顔をした。

 

「うん。道は土のままで、雨が降ったらドロドロになるけど、あんまり気にしてなかったんだ。けどぼくが、人の国は清潔で、非力でも魔石のお陰で豊かな暮らしをしてるんだって伝えたんだよ」

「なるほど。それもあって頻繁に家に来ていたんだな」

「だってさ。力のない草食とか小型とかが迫害されるのって違うと気付かされたんだよ。だってセラは、こんなに華奢なのに強い」

「えっ」

「はは。確かに強い」


 両側のふたりに言われて、首を捻る。全然強くなんか、ないんだけどな。


「ほら、このあたりの石畳は、自慢だよ」


 宮殿から伸びてくるような白い石畳の広い道が、メインストリートとなって活気のある街並みに繋がっている。


「歩きやすいって評判なんだ!」


 馬車が通ると皆が物珍しげにこちらを見上げるので、手を振ってみると振り返された。


「わ、嬉しい」

「はは! セラ、ありがと!」

「え?」

「楽しそうにしてるから、みんな喜んでる」


 ――だってこれだけのもふもふ天国……ごほん。


「だって、こんなにたくさんのもふもふが目の前に〜!」


 ――結局本心言っちゃったよね!

 

「ねえねえ。セラが一番好きな種族はなに!?」

「えっ、選べない!」

「虎って言ってよ」

「選べないってば」

「おいこらディー。いい加減にしろ」



 ――えーっと、私後ろに座ろっかな〜?

 


 ちろりと振り返ると、ひとり優雅に日傘を差すマージェリーお姉様が、馬上の凛々しいレイヨさんに見惚れていた。


 ――あかんかー……



 そのまま観光が無事に終わるわけは、やっぱりなかったわけで。



「ニンゲン、きらい!」



 馬車を降りて、高級テイラーを視察していた私たち。

 職人さんたち(手先の器用なアライグマさんやカワウソさんで、とっても可愛い)が私やマージェリーお姉様のドレスを見て、ショーウィンドウの前で熱心に『人間の服の作り方』について質問をしていると、獣人の子ども(猫?)に投げられた石つぶてが私の甲にぶつかり、怪我を負ってしまった。


 怒り狂って理性を失ったディーデを抑えるため、私の大声で封じる羽目になり――『ドレスの仮縫いに』たまたま通りかかった、と主張するサユキ嬢に、糾弾されることになってしまったのだった。

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