王子は怖い



「え……いやしい、てぼくのこと?」


 ディーデがものすごく悲しそうな顔で言う。


「そうよ! 殿下、見てください! わたくし、引っ掛かれましてよ! このような野蛮なものと、ご友人などと」

「そんなこと、してないよ」

「嘘よ! 騎士団長! 何をしているの、拘束して!」


 側に控えていたウォルトはだが、動かない。


「ウォルト!? 聞いてるの!?」


 ヒステリックに叫ぶヒルダを無視し、ウォルトはエイナルに騎士礼をする。


「騎士団長として、いかなる攻撃の気配も感じず、また目視もしておりませんことをご報告申し上げる。ご判断は殿下へお任せいたします」

「殿下! もちろん拘束しますわよね!」

「……ヒルダ」


 はあ、とエイナルはその綺麗な眉根を寄せる。


「貴女は、ディーデが誰か分かっていて、そんな振る舞いをしているのか?」

「野蛮な獣人の大使ごとき……」

「違う。彼は獣人王国ナートゥラ第三王子、ディーデ・ナートゥラ殿下だ」


 途端に、近くにいた貴族たちがどよめいた。


 

 やっぱり王子かあ……私も知らなかったけど、外交初手の重要な大使で、身分の高い騎士が二人も張り付いているのだから、予想はつくはず。

 

 

 ヒルダはその発言にひゅっと息を止め目を見開き、信じられないというような顔でディーデを見る。


「王太子妃になるつもりなら、来賓らいひんの情報は全て頭に入れてしかるべきだ。何より王国の代表として、どのような人に対しても、まずは敬意を持って接するべきじゃないのかな」

「っでも! ……殿下はわたくしよりも、このような幼稚な者の方が大事なのですかっ!?」


 必死で追いすがる婚約者に対して、エイナルは憐みの目を向けたまま静かに言った。

 

「ディー。私を試していたんだろう? もう幼いフリはしなくても良いよ」

「あれ。バレちゃった」

「これでもこの国の王子だからね。獣人王国の王子三兄弟の辣腕らつわんは、私の耳にも入っているんだ」

「そっかぁ。でもぼくは、兄たちには全然かなわないよ」


 ディーデは途端に獰猛どうもうな虎の顔になり、ヒルダは顔面蒼白を通り越して真っ白になった。


「ぼくは、人間と仲良くなりたいと思っている。だから怖がられないように振る舞っているんだよ。でも君のように無実の罪で他人をおとしいれようとするような『野蛮な』人間に、気遣いはいらないよね」


 凛とした虎の王子に、普段のゆるふわな雰囲気は一切ない。

 そんな彼が私に、優しい視線を一瞬だけ向けた後で、ぎりっとヒルダを睨む。

 

「それから。ぼくの大事なセラにも、前に同じことをしたって聞いてる。だからぼくは、君を絶対に許さないって決めてるんだ。レイヨ!」

「はっ」

「獣人王国騎士団長に尋ねる! 王族に対する無礼はなんとする!」

「王族、もしくはそれに準ずる者と、決闘です!」


 

 ちょ! 弱肉強食すぎやしないかいっ!!

 

 

「君。ぼくと決闘する? 八つ裂きにしてやるけど。ガオンッ」

「ひいいぃ」


 へなへなと力が抜けたヒルダは、床にへたり込んだ。


「この国の伯爵令嬢は、他国の王族に無礼を働いておきながら、せめてもの謝罪すらできないのか」


 この発言には、さすがにエイナルが焦った。

 

「……代わって私がお詫び申し上げる。ディーデ殿下、この度のご無礼」

「ううん、いいよエイナル。ぼくたちは友達だから。それにもうこの人のこと、婚約者にする気なくなったでしょ?」

「はあ。私の前では見事なレディだったからね。見破れなかったことが悔しいよ」

「はっは! 早く分かってよかったね! お酒に付き合いたいけど、ぼくまだ未成年で」

「ありがとうディー。おいしいケーキがあるんだ。お茶はどうだい? ウォルト。彼女は具合が悪くなったようだ。控室へ」

「は」

 

 私は、王族というものを垣間見てしまった。

 不要と分かれば即座に切り捨てる。先ほどまで仲睦まじい婚約者だった女性を、もう一瞥いちべつだにしない。

 ヒルダは、嫁にいけないどころか、下手をすると一家ごと……


「セラ。考えるな。同情するな。自業自得だ」

「っ」

 

 両脇を近衛騎士に持たれて引きずられるようにして連れられていく、ドレス姿の小さな背中を、私はずっと見送っていた。

 そんな実の娘を追いかけず、泡を食った様子で国王の足元にすがる初老の男女は、モント伯爵夫妻。だが国王は非情にも首を横に振るだけだ。


 会場の空気は冷え、あれほど騒がしかった空気も静まり返っている。

 主役であるはずの婚約者が退場したのだから、当然だろう。

 出席者たちがお互い顔を見合わせ、どうしたものかと戸惑っていると――エイナルが会場中央に進み出て大きく息を吸い、その凛とした声を張った。


「列席者諸君! 今宵こよいは私の婚約者披露という名目であったが、それは撤回しよう。その代わり、獣人王国ナートゥラの親善大使歓迎夜会に変更する! 見ての通り、第三王子ディーデ殿下と私は、よき友人となった。非常に礼儀正しく知性あふれる、尊敬すべき相手だ! 今までの我々の先入観をふっしょくし、これからは獣人たちとも交流を持つべきだと、ラーゲル王国第一王子として正式に意見表明する。皆にも、よき縁のあらんことを!」


 エイナルのこの発言に同調する貴族が何組か、

「ようこそ、ディーデ殿下!」

「さすがエイナル殿下!」

「新たな時代の幕開けですな!」

 と大声と拍手で盛り上げた。


 すると、ディーデもその耳をぴるぴる震えさせ、満面の笑みを浮かべる。

 

「ありがとう! 皆とこうして出会えたことを、心から嬉しく思う……みんなー! よろしくねー!」


 丁寧な礼の後、両手を大きく振る屈託のないもふもふのその可愛さは、一部ではあるものの女性陣のハートを掴んだようだ。

 

 

 あざといぞ、ディーデ! けど、ナイス!

 


「ふー。さすがカールソン侯爵の根回しだな」


 一気に緊張が解けた私の横で、ユリシーズもまた大きく息を吐いた。実は一番気を張っていたのは、この人に違いない。いざとなれば本気で嵐を起こせるように身構えていたはずだ。


「父の?」

「ああ。例の茶会の一件があっただろう? 以前から、セラの冤罪えんざいを抗議しにいく時機を見計らっていてな……相談していた。で、ヒルダの金遣いの荒さや、メイドへの暴言の材料を集めて、品性のない者を本当に正式な婚約者にするのか? と昨夜エイナルに直訴じきそしたのさ。獣人への態度で判断しろ、まだ間に合うぞってな。王子は国王と違って聞く耳があったようだ。安心した」


 

 パパーーーーーーッ!!


 

 きょろきょろ探すと、壁際にその姿を見つけた。向こうも気づいて、ウインクして手を振ってくれたので駆け寄ろうとしたら

「待て、セラ」

 ユリシーズに、止められた。

 

「?」

「会場を再度盛り上げるのに、ちょっと協力してやろうじゃないか」

 

 にやけ顔で、会場中央へエスコートされる。


「え?」


 それからキザな仕草で、手の甲にキスを落とされた。

 

「愛する妻よ。どうか俺と踊ってくれ」

 

 

 えっ、今、なん……


 

 楽団が今だ! と楽器を鳴らしはじめ、強引にターンをさせられる。

 周囲も安堵の表情でこぞってダンスに加わり、ユリシーズの嬉しそうな顔が恥ずかしくて、ステップをこなすのに夢中になり――さらにエイナルやディーデともダンスをしたりしている内に、うやむやになった。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る