お披露目夜会


 

 第一王子であるエイナル・ラーゲルクランツと正式に婚約した、ヒルダ・モント伯爵令嬢のお披露目会。

 この日ばかりは、ラーゲル王国の誇る、王宮で最も大きなダンスホールが使われた。

 

 ぶっちゃけどうでもいい~という本音はとりあえず脇に置いておく。貴族にとってこういった名目で集まる場は、情報収集・政治・経済的繋がりや縁故を保つために必要なものなのだ(って父の受け売りです。てへ)。


「セラ。無表情が過ぎるぞ」

「そっくりそのままお返ししますわよ、リス」

「だりぃな」

「だりぃ~」


 あっ、さすがにサマンサがぴりっと来てる。

 

「ぶふ」

「んもー。リスのせいだからね!」

「いやお前の素だろ?」

「ぐぬぬぬ正論!」

「どうかその辺で。そろそろ入場のお時間です」


 今は眉尻を下げてたしなめてくれる、カールソン家のメイド長だが――先ほどまでは、ユリシーズに深々と頭を下げていた。


 


 ◇ ◇ ◇



 

「閣下。メイドの分際で、ご無礼は重々承知でございます」

「いい。どうした」

「……セレーナ様を解き放って頂き、心より、深く深く感謝申し上げます」

「いや、俺の方こそ感謝する。セラをずっと見守ってくれていたそうだな」

「っ!! みに、あまる……ううう」

「んもー! やめてよー! 泣いちゃうー!!」

「ははは。泣くな、泣くな。ディーデにからかわれるぞ」

「それだけは絶対イヤッ」

「ぶっふふふふ。ずいぶん嫌ったものだな。なついてなかったか?」

「あれは、もふもふに惹かれていただけです」

「もふもふ……ああ、毛は確かにフカフカしてそうだな」

「リスの胸筋の方がフカフカだもん」

「! おっまえ」

「奥様。はしたない」

「しゅびばっしぇん」


 ――やっちまったーい!


「ふふ。安心いたしました。とっても仲睦まじいご様子。旦那様も心配してらして」

「ああ。あとで挨拶に伺うと伝えてくれ」


 サマンサがまた、深く礼をする。


「これほど嬉しい日はございません」

「いや。もっと喜べる日が来ることを約束しよう」


 にやっとするユリシーズに、サマンサは目を見開いて、号泣した。

 

「えっ、サマンサ!? どうし……」

「いえ。なんでもございません。ふふ。年を取ると涙腺が弱くなるのですよ」

 

 ――さ、もうぼーっとしてはいけませんよ! と釘を刺されて、誤魔化されてしまった。



 

 ◇ ◇ ◇ 

 


 

 入場は、爵位の低い順からだ。

 侯爵家はカールソンと、エーデルブラート。いつもはユリシーズが先だが、今回は父が「私が先に」と言っていた。なぜなら――


「ワクワクするねー」

「ディー。大人しくしててよ」

「分かってるよぉ~」


 今夜の私たちは、無邪気で無神経な虎を背負っているからだ。

 こっちはハラハラしている。


「大丈夫だぞ、セラ。いざとなったらまた嵐起こしてやっから」


 もしもあの時ユリシーズがいなかったら、私は縛り首でこの世にいなかっただろう。

 

 そんなことを思って彼を見つめたら

「ん? 心細いか? 手でも握っとくか?」

 とからかわれたので、無言で握っといた。



 なんで言い出しっぺのそっちが動揺してるのよ!? こっちが照れるじゃない。

 

 

「ユリシーズ・エーデルブラート侯爵と、ご夫人、セレーナ様」


 儀典官に呼ばれ、ダンスホールの大きく開かれた戸口から一歩踏み出す私たちを、出席者たちは興味津々の顔で見ている。

 特に女性たちのさげすむような視線は、覚悟していたもののこれほどまでか、と思わずため息をきたくなった。

 

 ユリシーズは、紺色スリーピースのタキシードに、銀色にも見える薄い水色のアスコットタイ。カフスにはエメラルドが光っている。さすがに今日は前髪を上げて長髪をきちんと結い、髭もっているので精悍せいかんだ。

 

 私は紺色プリンセスラインのドレス。ダークグリーンのリボンベルトでたっぷりパニエ、後ろでまとめた髪にもダークグリーンのリボンコサージュを付けている。ドレスはスタンダードなビスチェタイプをベースに、喉元から二の腕までびっしりとした繊細なレースが覆うデザインだ。しかもそのレース部分のそこかしこにスパンコールのように散りばめられたのは、青晶石せいしょうせき。シャンデリアの光に当たると、淡く青い幻想的な光を発する――もし私の地肌が燐光りんこうのようなものを発しても誤魔化せるようにと、ユリシーズがアイデアを出してくれた。

 

 首元の大粒エメラルドを見たら、誰も私の素肌なんて気にしないだろうなと思っていたら、案の定そこかしこから「さすが強欲」「下品」「あの大きさホンモノかしら?」などの声がして、思わず笑いそうになる。

 

「獣人王国ナートゥラより、親善大使のみなさま!」


 いよいよディーデたちが紹介されると、会場中がどよめいた。皆、獣人を見る機会すらなかったのだから当然の反応だろう。

 のしのしと歩く巨大な虎、狼、熊に恐れと嫌悪の目を向ける人がほとんどだ。

 特に、主役である王子の隣に立っているヒルダ・モント伯爵令嬢は、扇の向こうから獣人たちを睨みつけている。


 

 これは正式な招待だよ? ヒルダ嬢。将来王太子妃になるのなら、感情を表に出すのは控えた方がいいと思うな。


 

「ぶふ。やっぱ、アホな女だな」

「しー!」

「ま、うちの国王もアホだけどな。見ろよあのツラ。くっくっく」

「リスってば!」


 一段高いステージに据え付けられた、豪奢ごうしゃな椅子に座る国王と王妃は、冷えた目でこちらを見下ろしている。

 そんな国王夫妻が、我が子のめでたい席という親心を飲み込んでまでこの招待を受けたのは、

 

「俺の『枷』はもうない。だが俺はこれでもこの王国を気に入っている。今のまま国境を閉鎖していたら、国はほろびるぞ。王国民をこれからどう養っていくつもりだ?」


 というユリシーズの諫言かんげんを受けたからだ。

 私の同席は叶わなかったが、その代わり彼の隣には私の父カールソン侯爵も立ち、傾きかけている王国財政を説明し、獣人王国との国交樹立に賛成する貴族たちの嘆願書も併せて提出したそう。

 

 父の賢いところは、古参に市場を独占されて困っていた、新興貴族を中心に声を掛けたところだ。古くからある家には逆らえない。旧体制を崩すのは難しく、新参者は弾かれる。勢いがあって、貴族としてのこだわりも少ない彼らを引き入れたことが功を奏した。

 


 というわけで、正真正銘、隣国との外交初手として非常に重要な場なわけだけれども(王子の婚約者に会いに来て、の招待なので、身内になろうよ! というお誘いと同義なのだ)。きっとヒルダはそんなこと思ってもいないだろうな。


 

「うおほん。今宵こよいは、我が息子エイナルのために、よく集まってくれた」


 国王は色々苦いものを飲み込んだかのような顔で、夜会はじめの挨拶をする。


「見ての通り、可憐で美しい婚約者を迎えられて、エイナルは幸せなことだろう。皆も、心ゆくまで楽しんでいってくれ」

 

 それから王妃をエスコートし、最初のダンスが始まる。

 国王と王妃のダンスの後、エイナルとヒルダのダンス、そして皆が加わったダンスをしつつ歓談しつつ、が流れだ。


 

 事件は、国王のダンスが終わった後に起こった。

 

 

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