毒吐き『蛇侯爵』の甘い呪縛

卯崎瑛珠

第一部 白い結婚

嫁入り

やっちゃいまして、即退場


 

 ある日の昼、王宮内にある豪華なバンケットルーム。

 

 大きく取られた窓からは陽光が差し、それを反射してきらめくシャンデリアのもとで、色とりどりのドレスに身を包んだ令嬢たちが扇を片手にオホホホと歓談しているのを、私はぼうっと眺めていた。

 全くやる気がないので、壁際で適当な果実水をすすりながら、閉会するまでじっと耐える時間は、なかなかにキツイものがある。

 

 手にあるグラスを見つめると、紫の瞳が映っている。髪の色は、水色。顔立ちは――特筆すべきものが何もない、凡庸さ。この目立つ水色の髪がなければ、誰も気にも留めないだろうと自分でも思う。

 普通の令嬢と異なるのは、私が『首元から二の腕までびっしりと布に覆われたドレス』を身にまとっていることだ。

 他の令嬢方はアピールのためか、胸元が開いたものを選んでいるので、比較すると暑苦しく見えるに違いない。私も、動くと暑いので壁際でじっとしている。


 とはいえ私――セレーナ・カールソン侯爵令嬢は、我がラーゲル王国王子主催のお茶会ともなると、欠席は断固として許されなかった。

 しかも、『婚約者選定を兼ねている』ともなれば、なおのこと。


 お茶会なので、エスコート役は不要。ここには年頃の令嬢しかおらず、それぞれテーブルでのお茶や立ち話を楽しんでいる。早く帰りたいなと思いながらぼんやりしていると、とある令嬢が近寄って来た。顔は知っていたので無下むげにもできず、型通りの挨拶をすると、突然――


「きゃあっ!」


 彼女は鋭く高い声で悲鳴を上げ、涙を浮かべてキッとこちらを睨んできた。

 わなわなと震えながら、デコルテの辺りを押さえている。どうやら、首につけていたペンダントが切れたようだ。


「ひどいですわ!」

「え?」

「いきなり、わたくしのアクセサリーを奪おうとするだなんて!」

「ええ!?」


 私は、その訴えに戸惑うしかない。

 話のネタもないし、ペンダントトップの素材が気になったので「それはなんの石ですの?」と聞いただけだったからだ。

 

 だが、ヒルダ・モント伯爵令嬢――プラチナブロンドに映える碧眼の持ち主で、かつドレスからこぼれんばかりの巨乳――は、口をへの字にして私に抗議の目を向けている。


「そっ、そんなっ! 誤解ですわ!」

 

 抗議したいのはこちらの方だ。しっかり否定したものの、全く聞く耳を持たず、涙を浮かべたまま首をイヤイヤと振っている。どうしようかと思っていたら――


「どうした。何かあったのかな?」


 金髪碧眼の見目麗しき青年が、口もとに笑みを浮かべつつ、優雅に歩いて近づいてくるのが見えた。

 ささ、と周りの人間が一様に頭を下げるこの人は、ラーゲル王国王子、エイナル・ラーゲルクランツその人だ。つまりは、このお茶会の主役である。


「わたくしには、分かりかねます」


 扇で動揺を隠してみるが、どうしても声が震えてしまう。

 

「ふむ。ヒルダ嬢。何が起きたのか、話してくれるかな?」


 エイナル殿下があくまで物腰柔らかく中立の立場で促すと、ヒルダ嬢はきゅるりん! と効果音が鳴っているかのような潤んだ瞳で見上げ、訴えた。

 

「セレーナ様がっ……わたくしのペンダントを奪おうとされたのです」

「そのようなこと、いたしておりません」

「そんな! ご身分が上であれば、何をしても許されるのでしょうかっ」


 えぇ~と思いつつ周りを見渡せば、とっくに出来ていた断罪包囲網。扇を口に当てたご令嬢方々が、ヒソヒソしながら冷ややかな目で囲んでいらっしゃる。

 ちょっと待て、会場警備の騎士たちは? と近衛の制服を探すと――目を逸らされた。あは~ん? さては、仕組まれたな!


 

 ――だめだ、だめだ。キレちゃダメだ。

 


 そう必死で自制する私の耳に「表に出てきたと思ったら、強欲なんてね」「卑しいから、肌も見せられないのかしら」という誰かの言葉が入ってきて。



 ――ぷつん。



 キレた。


 

 途端に、轟々ごうごうと会場に吹き荒れる、風、風、風。

 強風にあおられて、女性の扇や羽根飾りが宙を踊っている。

 


 きゃあ!

 なんだ!

 何が起こった!

 避難! 避難を!


 

 もちろん、会場は大パニックになりかけている。



 ――ああ、やってしまった。これでもう、良くて監禁生活、悪くて斬首ね……



 と覚悟していたら、

 

 パチン!


 何かがはじけるような、乾いた音がした。

 かと思えば、すん、とあっという間に風が止んだではないか。

 

 

 はっと顔を上げると、そこには――長身で長い黒髪、切れ長の一重は緑。白いドレスシャツに黒いフード付きのくるぶし丈ローブをまとった男性が堂々と立っている。ローブをまとっていても分かる分厚い体躯と鋭い視線は、有無を言わさぬ迫力がある。

 指を鳴らしたと思われる右腕を高く掲げたまま、その男性は憮然ぶぜんとして

「ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあ。うるせんだよ」

 と低い、良く通る声で言った。非常に口が悪い。

 

「っ、しかしユリシーズ殿」


 ようやく言を発したエイナル王子にすら臆さず、ユリシーズと呼ばれた男はぎろりと睨むようにして反論する。


「殿下。もしこれが本当に窃盗未遂なら、近衛も全員罰しなければならないですよ」

「!!」

「職務怠慢だなあ。なぁウォルト」


 その声に反応し焦って駆け寄ってきたのは、短く刈った銀髪に碧眼のやはり大柄な男性だ。赤色をベースにした騎士服で帯剣している。

 誰もが、我が王国の若き騎士団長と知っているその彼は

「リスッ!」

 と、親し気にユリシーズを愛称と思われる名で呼ぶ。

 

「それが嫌だから、風。起こしてやったぞ。俺を罰するか?」

「バカなことを。……殿下、こちらの件は一旦私の方に預からせて頂きたく」


 ウォルトがエイナルに向き直り深々と騎士礼をすると、

「あ、ああ……」

 王子は戸惑いつつも頷くしかできなかった。


 その間、呆然としている私に向き直ったユリシーズは

「おい強欲。てめぇは俺と来い」

 とまた口悪く言い、強引に二の腕を掴んでくる。

「ひゃ!?」

「殿下、ウォルト。そういうわけで、失礼する」

 

 強引にぐいぐい引きずられつつ、私は会場を後にした。

 

 

 ――というわけで、悲しきかな。

 私は侯爵令嬢であるというのに、『王子主催の(婚約者選定を兼ねた)お茶会』で『強欲令嬢』というレッテルを貼られたまま即退場、となったのである。




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 ユリシーズの愛称はユーリじゃないの? と思われる方。私もそう思っていました。

 Ulysses、LYS=リスです。大男なのにリス。可愛いですね。

 ホメロス『オデュッセイア』の主人公の名前の英語読みです。意味は『怒り』。

 

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