Folder1 アイデンティティ・3

 #職員室


「ねえ、ネル、今暇?」

『暇と言えば暇ですし、暇じゃないと言えば暇じゃありませんよ、イズナ・・・様』

「そっか、なら暇だね。ちょっといい?」


 夕日の去った暗闇の中、通話中のスマホの明かりだけが彼女の顔と彼女の覗くファイルの字面を照らしていた。


『なんですか? と言うか、今日新しい職場に着任でしたよね。ちゃんと現場に行ったんですか?』

「ちょっと~、何その言い方。私がサボるとでも思った?」

『……いえ、やるべきことはやる人でしたね。申し訳ございませんでした』

「分かればいいんだよ、分かれば。……と言うか、話って言うのが新しい職場でのことなんだよ」

『珍しいですね、その手の仕事の話で嬉しそうなの。いいことでもあったんですか?』


 問われて、彼女は一瞬唇を尖らせる。そして、首を傾げた。


「どうだろうね。いいことと言えるのかな、これは。でも、面白いことには変わりないよ」


 ふふっ、と笑う。


「今年は上玉ばっかりだ。いい後輩が出来るかもよ」

『どうですかね。そう言って、毎年私を認知すらしないんじゃないですか? ……まあ、イズナ様が自信満々におっしゃるんですから、そうなんでしょうね。期待しておきますよ』

「ああ、そうしなよ、ネル。今日はそれだけ、また連絡するよ」

『……ええ、お早いお帰りをお待ちしております。では』


 相手のその言葉で、通話は終了する。ツー、ツーと言う電子音だけが、空気を揺らした。


 彼女はそっと、その手に取っていたファイルを机へと放る。徐に伸びをし、通話を切った。


「さて、明日から頑張りますかね!」


 大きく伸びをして、腰を掛けていた机から飛び降りる。そして、嬉しそうに笑って窓の外から覗く月を見る。


「今年は一体全体、どんな生徒になるのかな~、楽しみだ!」


 そう言って、彼女は職員室を去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る