Folder1 アイデンティティ・2

 #教室


 場所は移って教室の中。十人足らずで構成されるこの学級はクラス替えもなく相変わらずの顔しか見えない。新顔と言えば、先程出会ったキツネさんくらいで。


「やあやあ皆さん初めましての方は初めまして、私はキツネだ。昨今の情勢を見るにこの学級は少人数指導に対応していると言えるね。きっとこのクラス皆が私の手によって素晴らしい生徒に成長するはずだ。ああ、安心して欲しい。私の見た目で教師なんて心配だって子もいるだろうけど、教育者としての実績はあるんだ」


 教卓に立ちつらつらと言葉を並べるその姿は、確かに不慣れな新任や凡人には見えなかった。けれど、それだけだ。それ以外――格好が独特なのを除いて――特別な部分をいまいち見受けられずにいる。

 考えながら、もう少し続きそうな自己紹介に耳を傾ける。


「例えばそうだな、そこのタヌキ。実は二年前まで私の教え子だったんだ。どうだい? あの子の師だと思えば、少しは信頼できるんじゃないかな?」


 一気に視線が集まったのが分かる。キツネさんではなく、私の隣に座るタヌキにだ。


 ちなみに、このクラスは横四列、縦二列の机の並びをしていて、私とタヌキでツートップ。その両端に一人ずついて、そのまま後ろに四人いる。全部で八人のクラスだ。よってタヌキに集まる視線は七人分なのだが、タヌキは居心地悪そうに顔をしかめた。


「まあ、こんなところで私の自己紹介は終わらせてもらおうかな。いつまでも知らない人が喋っていたら、君たちも新年早々疲れるだろう。と言うわけで、今度は君たちが自己紹介してくれるかな? 私はまだ君たちの名前も性格も知らないからね。まずはタヌキから、お願いできるかな?」

「はい、イ、キツネ教諭」

「では頼むよ」


 言って、キツネさんは椅子に腰かけて腕と足を組む。スカートで足組みはどうかと思うが不思議と下着を覗けそうな気配はなかった。すべての角度をカバーするように足を配置しており、隙が無かった。なるほど、実力者なのは確かなようだ。


「学級総合順位一位、タヌキ。得意分野は隠密行動。以上です」

「よろしい。それじゃあ、そこから時計回りに行こうか」

「あ、私ですか」


 タヌキの右隣、それは私だ。なんとなく狙っていたような気もするが、キツネさんからしてみればタヌキは知った顔、私も先ほど話をした間だ。自己紹介を最後まで勿体ぶる必要もないのだろう。


「学級総合順位は八位で、タカ、って言います。オプションは《千里眼ロングアイ》です。得意分野は高機動戦です。よろしくお願いします、キツネさん」

「はい、よろしい。それじゃあその隣の子、お願いね」


 ほっ、と一息ついて席に着く。特段文句を言われなくてよかった、の安堵の息だったのだが吐き出した息を飲みこむことになってしまった。

 隣から、責めるような視線を感じた。


「せめて、教諭と呼べ」


 とタヌキが口パクで言っていた。次からは気を付けようと心に誓った。誓ったところで席を立つ音が聞こえた。右隣だった。


「コードネームはネコ、です。学級総合順位は六位、です。オプションは《暗明視マルチアイ》、です。と、得意分野は情報収集、です。よろしくお願いします、です。キツネ教諭……です」

「はい、ネコね。にしてもいいねぇ、《暗明視マルチアイ》、適応者は珍しいよ、これからよろしく」

「は、はいです! こちらこそ、です」


 薄桃色の髪をサイドにまとめ、団子を作った小さい女子生徒。タヌキ程小柄ではなく、こちらはよくいる小柄高校生と言った感じ。身長は低いが140くらいはあるだろうか。その眼は黄色く輝いており、瞼は薄く閉じていた。頬を高揚させ、借りてきた猫とは真逆でびくびくしていた。

 彼女はネコ。臆病、と言うより小心者で、一人でいることが多い子だ。決して悪い子でもコミュ障と言うわけでもなく、ただ我が弱いだけの可愛らしい子だ。並んで立って手を伸ばしてみればちょうど頭のところに行くので、たまに撫でたくなってしまう。


 また、制服のサイズが合っていないのか袖が余っており、それがより小動物感を出していて非常に愛らしい。そこに居るだけで場が和む、クラスのマスコット枠だ。


「それじゃあ、次は後ろの君、よろしく」

 

 さて、また次の人の番らしい。呼ばれた男は、両足を机に乗せて、体重を後ろにかけ、椅子の前足を浮かせて口を開く。


「トラ、四位だ。暗殺の類は得意だな。《電子髭センサー》、よろしく」


 なんて適当な態度で言ってのけたのはトラ、ネコの双子の兄らしい。確かに似た分は多く、髪の色はネコよりかは幾分か映える桃色。それをスポーツ刈りで適当に並べ、飄々とした態度で日々を過ごす自由人だ。黄色い瞳は常に気だるげに輝いており、その奥で、闘争本能を燃やしているように見えた。

 ただ、可愛らしいネコの双子と言うこともあって背が小さく、髪が桃色と言うこともあってよく女子と間違われたらしい。だからか知らないが、去年の最初もこんな感じで大きな態度をとり、同時にズボンを見せつけていた。どうやら本人曰く女じゃないことの証明らしい。


 最近だと女も制服でズボンを履くらしい、と言った時は酷く機嫌を損ねてしまった。机に座っている限り後ろから殺気を浴びせられ続けた一か月は本当に辛かった。


 そんなトラだが、クラスに一人、苦手な人間がいるらしい。


「ひっ……」


 虎が小さく声を上げ、足を降ろし、椅子の前足を着かせる。その猫目が捉えていたのは、薄く睨むタヌキ。どうやら、キツネさんに対する態度がタヌキを怒らせてしまったらしい。


「いやあの、よろしくお願いします」

「うん、よろしく。まあ、態度があまり悪いのは良くないね。集団行動に支障が出る、頑張って改善してってくれると私も嬉しいよ」

「が、頑張ります……」


 ただでさえあまり大きくない体で縮こまり、ネコよりもこじんまりとしたトラを憐れんで見ていたら、睨まれた。どうやらトラも相手によって態度を変えるらしい。上下関係をちゃんと理解しているとも言える。


「えっと、次は僕、ですかね?」

「ん? ああ、そうだよ。お願いね」

「は、はい。えっと、総合順位は三位、オオカミって言います。オプションは《狂犬化ハザード》。得意分野は近接戦闘です。よろしくお願いします、キツネ教諭」

「うん、よろしく。これまた珍しいオプション持ちだね。楽しみだよ」

「あ、ありがとうございます!」


 胸を撫で下ろしながら席に着く彼はオオカミ。名前に反して大人しい男子だ。けれど背丈は私よりも幾分か高く、その名に違わず毛の色は夜に紛れる灰色と黒の中間色。今でこそ優しい表情を浮かべているが、怒ると一瞬で豹変し、獰猛で鋭い瞳を露にする。

 簡単に言えば、怒らせてはいけない系男子である。


 私のそんな脳内後付けを終えて間もなくキツネさんは、次、と言って進行を促す。あれ、進行って促すもの、だよね? え、違う? 後で辞書を見ようかな。


「うちはイタチ、って言います。総合順位は七位やけど、やる気は一番あると思ってます。オプションは《八重歯ファンシー》っていいます。よろしゅうお願いします、イズナせんせっ」


 語尾が上がる方言が抜けきっていない彼女はイタチ。自己紹介通りの活発な子で、確かにこのクラスで一番積極的な子だと言えるだろう。その、色々と積極的である。年相応なことも、そうでないことも。

 制服は、日によって着方を変えていることが多い。気分で着崩してみたりアクセサリーをつけたり短くしたり長くしたり。この前聞いた話だと、学校指定の制服を何とニ十着も持っているらしいのだ。制服でそこまでファッションを楽しめる女子を、私は他に知らなかった。


 笑顔で飛び出す八重歯が特徴的で、茶目っ気たっぷりの元気っ子。茶髪茶目で明るい雰囲気を抱かせる彼女の今日の服装は比較的ノーマルフォルム、改造をほとんどしていない制服だ。新学年初日と言うことで、自制したのだろうか。

 背丈は私より少し低いくらい。色々な能力で私と同等なのだが、筆記試験だけはかなり強く、私にダブルスコア付けて学級三位らしい。見かけによらず、頭がよろしいようである。


「おお、これは元気な娘さんだね。よろしく、イタチ。《八重歯ファンシー》って、新しいやつ持ってるね? いいじゃん、気に入ったよ」

「おおきに、ありがとうございます、せんせっ」


 言って、彼女は上機嫌で席に着いた。わざわざ音を立てて座るものだから、その元気のあり余り具合を知りたくなくても想像できてしまうのが彼女の恐ろしいところだ。


 ちなみに、私は何故か彼女に嫌われている。イタチの天敵、タカの名を持っているからだろうか。大概の人に外交的な彼女が私を前にした時だけ完全に関西弁を引っ込めて敬語で話し出すのだ。タヌキは今朝気付いたし、トラもそうだが私は数少ないクラスメイトに距離を取られ過ぎている気がする。


「次は俺か! 俺はハイエナ、総合順位は五位だ! 俺の力は《下剋上マッチアップ》って言って、一対一の戦いなら、あんたにも負けない自信があるぞ! 今度模擬戦しような! 前の先生にも負けなかったんだ!」

「へぇ、それは凄い。タコは、結構腕が経つんだけどね」

「お、タコ先生を知ってるのか! じゃあ分かるだろ? 俺の強さが!」


 そう豪語するのはいかにもなスポーツ少年、ハイエナ。全体的に身体能力が高く、発言こそ馬鹿だが確かに一対一の模擬戦における勝率は学級トップ――タヌキは模擬戦をしたことがない――であり、学級屈指の実力者であることは間違いない。


 黒色の髪を乱雑に搔きまわしただけのような短髪に、やる気みなぎる赤色の瞳。がたいがよく、背も高い。小学生の間でならモテそうだが、高校生にもなると距離を置きたくなるような、そんな性格の持ち主である。


「どうだろ、まあまた今度時間取って確かめてあげる」

「よしっ! 約束だからな!」

「うん、元気がいいのはいいことだ。じゃあ、最後は君ね」


 ハイエナはイタチ以上に無駄に大きな音を立てて席に着く、そんなハイエナにイタチが驚きに目を見開き、タヌキが鬱陶しそうにジト目を向けて、ヒトが見下すように細めを向けながら、立ち上がった。


「ヒト、学年総合順位二位です。得意分野は工作。ああ、もちろんものづくりの方じゃありませんよ? オプションは《技術者ソクラテス》です」

「へぇ、工作員希望? なかなか珍しいけど、良いじゃないか。色々と見させてもらうよ」

「はい、ぜひご意見を伺いたいです」

「うん、よろしい」


 ヒト。

 私たちの本来の種族の名を与えられたそいつは、すらっと伸びた長身に制服を着こなしたイケメンだ。果てには眼鏡かけてる秀才系。何をどう考えてもこんな高校に来るような感じじゃないし、実際、このクラスでタヌキの次に優秀だ。とても相応しいとは思えない。

 それでも、彼はここにいる。ただ居るだけではなく努力している姿をよく見るし、見た目通り真面目できめ細かい。その仕事ぶりには私も目を見張った記憶がある。


 黒髪黒目、眼鏡すらも黒と言うシックな印象を抱かせる青年で、年相応とは言い難い面構えをしている。我がクラス唯一の頭脳派だ。


「いいねぇ、今年は愉快な子ばかりらしい。私は残って君たちの過去の記録を確認したいから、今日はもう解散でいいよ。また明日、見てあげるから楽しみに。以上!」


 そう言ってキツネさんは軽快なステップを踏み、教室を出て行った。一呼吸おいて、皆ものっそりと動き出す。


 タヌキもそれは同じだった。私は鞄と腰を持ち上げながら小さくタヌキに声をかける。


「タヌキ、ついて行かなくていいの?」

「……明日も会えるなら、それでいい」

「会いたいことは否定しないんだ」

「何が言いたい」


 薄っすらと睨まれた。


「なんでもないよ」

「……ふんっ」


 そっぽを向き、速足で教室を出たタヌキを追うよう、教室を飛び出した。

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