Folder2 マイハウス

 #某学生寮・タヌキ&タカの部屋


「ふぃ~、ただいま~」

「……ただいま」


 軽快に、それでも丁寧に靴を脱ぎ捨てた私の後ろで、タヌキはどこか気落ちしながら玄関に腰掛けて靴へと手を伸ばす。タヌキは普段から靴を丁寧に脱ぐので見慣れたありきたれた風景ではあったが、そこにほんの少しの違和感が……あれ? なんか直前までの私の思考に違和感が。また二重表現でもあったかな。

 いや、そんなことはどうでもいい。


「やっぱり、あのイズナって人何かあるの? 昔の先生、ってことだけじゃなくない?」

「……話してもいいのか、分からない。話したいところ、ではあるけど」

「ふぅん、じゃあ、聞かないでおこうかな」

「ん」


 そう言って、タヌキ、基オリーちゃんは靴下まで脱いで蓋が開きっぱなしの洗濯機へとそれを放った。

 鞄もその辺に放って、制服の飾りを落としていく。そして残ったのが着崩された制服だけになる頃には、私の腰元に抱き着いて顔をお腹へと埋めてくる。


「そんなに、あの人のことが好き?」

「うん……タカと同じくらい、好き」

「そっか。じゃあ、相当好きなんだろうねぇ」


 これはもう、この一年を通して慣れたことではあるのだが、オリーちゃんは家と外とでだいぶ性格が変わる。と言うか、イズナさんを見て思ったオリーちゃんは人によって態度を変える、に外での私と家での私も含まれていたのかもしれない。

 

 ただ、恐らくだがこっちがオリーちゃんの真の本性と言うわけではないだろう。きっと、外であんな態度をとり続けることによる疲労が積もって……待って、二重表現なかった?

 いや、そうじゃなくて。


 彼女はとんでもない運動能力と知力を両立している。その上、彼女にはオプションがない。それでもなおオプション持ちである私たちを大きく凌駕するスペックを維持し続けることが出来ているのは並々ならぬ努力、だけではどうしようもないはずだ。

 きっと、体のどこかで無理をしている。体力を消耗し、知恵熱を起こし、帰ってくる頃にはいつもこんな様子だ。本当ならあのイズナさん、って人に甘えたくてもすでに体力を消耗してしまっていたことを、本人も理解していたのだろう。だからこそ、今こんなにも寂しそうな表情で私に抱き着いてきている。


「オリーちゃん、夜ご飯は何がいい?」

「ハンバーグ」

「う、うん。で、でも、一昨日も食べたよ?」

「ハンバーグ。inチーズ」

「……はいはい、分かりましたよ。じゃあ、お風呂入って時間潰しててね。すぐに準備するから」

「ん」


 心底嫌そうに私の腰に回した両手を離し、寂しそうな顔でこちらを一瞬見上げてから脱衣所へと向かって行くオリーちゃんを見送る。背後の尻尾が、萎れたように下がっていた。


「本当に、子どもっぽくて可愛いんだけどさ」


 不思議でならない。どうしてオリーちゃん・・・・・・タヌキ・・・とではここまで人格が違うのだろうか。二重人格と言っても差し支えないのだが、きっと本人はどちらの人格も認識しているし、記憶を共有している。

 例えば日中、タヌキが不機嫌そうに過ごしていた時間のことを、楽しかったねとオリーちゃんに語り掛ければ、彼女は私の膝の上で嬉しそうに笑うのだ。無邪気な子ども、そのもののような様子で。


 それがただの疲れから来る甘えたがりだったとしても、恥ずかしさの一つでも覚えそうなものだ。日中の態度にそれが全く現れないのは、どうしてなのだろうか。


「まあ、二重人格の持ち主を実際に見たことがあるわけじゃないし、考えても仕方ない、かな」


 そう呟きながら、キッチンへと向かう。だいぶ慣れてきたハンバーグの制作過程を脳の端っこだけで処理しながら、ただ薄っすらと考えてみる。


「イズナさん、か。オリーの昔を知る人、ねぇ。ちゃんと話を聞いてみたいけど、どれくらいのことを話してくれるかな。優しい人っぽいけど、あっち側の人だろうし」


 呟いて、笑ってみる。笑ってみたら、面白くなってきた。


「いいじゃん、新しい先生。私って言う問題児を扱いきれるのか、試してあげないと」


 誰に向けたわけでもない挑発的な笑みは、手に着いたひき肉の油と一緒に石鹸で洗われシンクを流れた。すっきりとした気持ちで以て、ハンバーグ作りに集中する。


「インチーズって言ってたよね。よーし! 張り切っちゃうぞ!」


 一つ声を上げて、私はフライパンに油を引いて火をつけた。

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