第6話
映画を見始めてどれくらい経っただろう。見ているつもりだったが、いつの間にかうとうとしていたのかもしれない。それとも、とりとめもなく同じことを考えて、ぼうっとしていたのか。映画はフィナーレを迎えて、エンドロールが流れていた。今、何時だろう。
立ち上がって少し頭を冷やそうと、窓を開けた。窓のすぐ下にある空き地に、今、車が一台止まっていた。見たことのある、古い型の車。今、僕が頭の中で延々と思い出していたもの。あれ以来、離れた地元と記憶の中へ置いたままにしてきた車が、僕の目の前にある。幻だろうか、と、冷たい息を吸い込んで、吐いてみる。微かな花の匂いを嗅いだように思って、思わず車の中に目を凝らした。車の中が見えたのは、アパートの僕の部屋が一階にあり、窓から車を見下ろすと、シートの座面まで確認できるくらいの角度だったからだ。
街灯もまばら、ほとんど真っ暗な外の空き地、いつの間にかあった車の中に、音もなく白い光が、うっすらと現れたように思った。
それは光ではなかった。白い花だった。僕がはっきりと、細部まで克明に覚えている、大量の白い花。それはあの日見た光景と同じ、僕には分かる。白い花々は、僕の目にはっきりと見えるようになるにつれ、確かに、あたりに光を放っているように見えた。
僕は声も出せず、存在感を増していく幻をただ、見つめている。
窓を開けて入ってきた冷たい空気に、今が、親友が死んだのと同じ季節だと思い当たる。枯れ草の匂いや夜気、静けさをたっぷり含んだ空気の中に、花が鮮やかになるにつれ、確かに花の匂いがただよってくる。
この景色を見た日を思い出す。けれど、その後の記憶がないことも思い出す。この景色が幻だろうと目の前に再現されても、歩いていて橋が途切れたように、この後の記憶が抜け落ちたままだ。
僕の背中では、映画のエンドロールも終わっていた。
花と車はいつの間にか消えた。僕は夜が明けてきたことに気がついて、それから、花と車が目の前にないことに気がついたのだ。
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