第4話

 僕の親友は、高校生のときに死んだ。そんなことが起こる前はいつもどおりで、僕らは元気で、その日の夕方、また明日な、と言って別れた。そしてそれが最後になった。僕ら二人、いつもどおりの明日は来なかった。親友には明日すら来なかった。

 親友は、僕らが遊び場にしていた古い車の中で、眠ったように死んでいた。僕らが住む田舎の荒地に放置された、古いタイプの乗用車。ナンバーはなくなっており、窓の隙間から細い棒を差し込んで上下させるとロックが外れ、タイヤは四本あったが、すべて空気が抜けていた。ドアを開けると、ホコリのにおいがした。よくあるように、僕と親友はここを秘密基地にした。ハンドルをかわるがわる握って運転の真似をし、くだらない話をして、シートを倒してフロントガラスから空を見上げ、ときには黙った。通り雨がガラスをバチバチ鳴らしたときは、お互いの声も聞こえないほどで、僕らはゆがんだ景色をぼんやりと眺めた。車を見つけてからというもの、約束しなくても、たいてい、車のところに行けばどちらかが先に来ていた。待っていたというほどのこともない。たまに僕一人、彼一人だったこともある。

 とにかく、彼はある日、車の中で死んでいた。第一発見者は僕ではなかった。

 その後のことはよく覚えていない。泣いたのかどうかさえ。親友の両親や担任に、彼に何か変わったことがなかったかと聞かれた。僕はなかったと答えた。それは、本当に、何もなかったからだ。

 彼は死んだ。そして多分、それまでの僕も死んだのだ。高校を卒業して大学に通うため、大きな街に出て一人暮らしを始めた。単位を取り、アルバイトをして、初めての彼女ができ、初めてのセックスをして、しばらくして別れた。理由は特にない。お互いになんとなくだ。そして大学を卒業して、またバイトをしている。大学の友人とは卒業以来、誰とも連絡をとっていない。学生だったときよりも安いアパートを見つけて引っ越した。夢があるふりをして。夢を見て、下積みを重ねているふりをして。


 僕の親友は車の中で死んだ。第一発見者は僕ではなくて、車のそばを通りかかった近所の人で、救急車やパトカーのサイレンがやかましかった。彼が死んだことを僕に知らせたのが誰だったのかも覚えていない。彼の死顔も、見たかどうか覚えていないのだ。葬式にも出たはずなのに。僕は彼の葬式に出たよね?と、僕は誰にも聞けなかったし、今も聞けずにいる。


 誰も訪ねてくることのない部屋で、僕はいつからか、一つの同じ映画を繰り返して見るようになった。

 うるさい笑い声や、変に強調されて耳に残るコマーシャルの音が嫌いで、テレビの音はすぐに消した。音は消えても、鮮やかすぎて目まぐるしく変わる画面も見ていられず、古い白黒映画を音無しで流すことにしたのだ。音も映像も何もなければ、それはそれで僕の頭の中がうるさかったからだ。そしてその映画は、死んだ親友とよく見ていた映画だった。それ以外に見たいものはなかった。途中まで見たら、次の日はまた途中から見た。エンドロールまで見たら、また初めから繰り返して見た。流しっぱなしということもなかった。きちんとテレビの前に座り、物語を頭の中で追った。


 親友が死んで少し経って、僕はまだ夢を見ているような感じで、ぼんやりと、いつもの車のところに行った。車はまだ放置されたままで、近づいて行った僕が見たものは、車の中にびっしりと詰め込まれた、白い花だった。

花束が置かれていたのではない。菊やバラ、チューリップ、ゆり、僕に分かる花の種類はそれくらいだったが、とにかくあらゆる白い花が、車の床から天井まで、一部の隙間もないように、詰め込まれていた。車に近づくと花の匂いがただよってきて息がむせるようで、頭がぐらりと傾いたような気がした。

 花の匂いに混じって、微かだが確かに、ほんの少し、排気ガスの匂いがした。


 僕はそのときショックを受けたのだろう。車に触るほど間近には行かなかったはずなのに、詰め込まれた白い花の一つ一つの細部を、はっきりと覚えているのだ。花の新鮮な花びらの縁やこぼれた花粉、窓ガラスに押し付けられて折れ曲がった花。知らない名前の白い花の、見慣れない花びらの形。窓ガラスの汚れが影になって、花々に映っている。

 そこに親友が眠る、それは棺のようだった。僕はその場で立ち尽くして、それから記憶が途切れている。

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