第3話

 ビールで頬が熱くなり、冷やしたくて窓辺に行き、部屋の窓を開ける。都会から外れた僕の部屋の窓から、遠い華やかな世界が見えた。チカッ、チカッと、規則正しく光る背の高い建物がある。ずっとビルだと思っていたが、あるとき、ゴミ処理場の煙突だと知った。

 駅から遠く、古めかしいこのアパートは、家賃の安さだけで選んだ。しかし、家賃に加えて、意外にも電車の音がほとんど聞こえてこないという点と、人気がなくて住人が僕以外にごく少ないというメリットがあった。建物も設備も全て時代に取り残され、ガスや水道のメーターなどは正常に作動しているのかよくわからなかった。古着を好んで着る僕が住み、室内で映される映画も古いものばかり。玄関にはボロボロのスニーカーが脱ぎ散らかされ、壊れかけたビニール傘が何本か、傘立てもなしにただ壁に立てかけられていた。何度も倒しては、なんとか立てかけている。どこを見回しても、自分が古い映画の中にいるんじゃないかと錯覚を起こした。

 掃除もろくにしない、汚れた窓際に立って、外から弱く吹き込む冷たい風を頬に受け、ビールをすすりながら無音の映画をぼんやりと眺めていると、やがて映画がもう何万回目かのフィナーレを迎えた。映画のエンドロールが流れ終わると、僕はしばし余韻に浸る。いつか、何度も見ていると、この映画の結末は今度こそ変わるんじゃないかって、あるはずもない期待を抱くようになった。それは僕のそのときの気分次第で、もう一人殺されたり、事件が思いも寄らない方向に動いたり、本当の黒幕は女に変わっていたりするんじゃないかって、勝手に想像しては何も起こらずに、いつも通りのフィナーレが訪れる。エンドロールの後、この映画の物語はどうなっているんだろう。何度も見た僕の頭の中で、無限の「続き」があてもなく膨らみ続けていた。

 たまに、疲れている日は映画も止めずに途中で眠ってしまった。こたつに入ったまま、座った姿勢のままなので、深くは眠れない。うつらうつらしていると、白黒の画面の白の部分が、フラッシュのように部屋を明るく照らすことがあって、それが眩しくて僕は浅い眠りから意識を引きずり上げられた。開かない目を開けようと顔をしかめて顔を起こす。おかしいあんばいに傾げた首が痛んだ。

 そんなとき、映画は大体、場面が急展開して、映される風景はあちこちが印象的に、ダイナミックに素早く切り替わるところだ。目を見開く主人公やヒロインの顔を眺めていると、ストーブの熱が僕の頬を赤く照らし、じわりと熱かった。手を添えたままだったビールの缶は傾き、中身が少しこたつ布団にこぼれていた。シミになるだろうかと思う。それとも、映画を見ていて、知らない間に僕は少し泣いたのだろうか。ストーブの熱が涙を蒸発させたなら、僕の頬の涙はとっくに乾いてしまったはずだ。

 頬が熱くて、またこたつから出て窓を開ける。深くなった静かな冬の夜。冷たい空気が入ってきて、やっと温まった部屋の空気と入れ替わる。一気に温度が下がる。指先がすぐに冷たくなってズボンのポケットに突っ込み、頭だけを夜気に委ねた。空はいつも思ったより澄んでいて、星がいくつか見えた。冬枯れした木立や下生えが、いずれ春がくるとは信じられないと言った風情で、枯れきったカサカサの草や蔦に絡まれ、音を立てずじっとしていた。


 何度も何度も、堂々巡りをして考えることがある。映画を見ていても、現実を生きていても、それは同じ。僕は同じ映画を繰り返し見続けて、いっそ、それと気がつかずに一生を終えたいような気持ちになっていた。

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