第5話 取引
「武上総理の子供のことで、何か知っている記者さんはいないかな?」
熊木田は付き合いのある記者を食事会に集めて尋ねた。有名な武上のことだ。新聞記者や週刊誌の記者なら、紙面に書けない情報を持っているだろうと考えていた。
「オープンな性格の総理だが、子供の件だけは特別でガードが固い」
「代理出産?……ああ、もちろんそれも想定して調査しましたよ。でも総理の近くに妊娠していた女性は全く見当たらなかった」
「総理が入院したのは小さな病院でね。当時、入院していた妊婦は総理だけだった。それで代理出産はないだろうということになった」
「……これから調査を? とても無理だね。総理は公人でも、子供は私人だ。まして未成年。プライバシー保護の件では、理は向こうにある」
「そうそう。下手をしたらこの世界でやっていけなくなるよ。総理からは、子供の件は触れるなと釘を刺されているしな」
「そういうこと。場合によっちゃ、お陀仏だよ。ああ見えて総理、裏の世界にもコネがあるのだ。忖度するか逆らうかで、結果は、天国と地獄ほど違う」
「記者魂?……精神論だな。記者だって命は惜しいさ」
期待していた情報を、集まった記者たちは持っておらず、彼らの弱音を聞かされただけだった。直接あたってみるしかないと決意した。
思い立つとすぐに動く
「熊木田さんが会いたいなんて、珍しいですね」
武上がそう言うのは当然だった。経済諮問会議に参加しながら、「無駄な会議だ」と記者などに向かって放言していたからだ。
「今日はプライベートなことでお願いに上がりました」
「益々珍しいことではないかしら?」
「お互い忙しい身です。率直にお願いします。総理が出産に当って利用した病院を紹介いただきたい」
「あらまあ、なぜかしら?」
武上が熊木田の瞳を覗く。出産の秘密をつかまれることを恐れているように見えた。
「私も子供に恵まれません。先日、宇宙開発事業団の木元さんから総理の噂をうかがいまして、この歳でも父親になることができるかもしれないと、
熊木田は資金提供を匂わせた。
「私は藁ということですね……」武上が笑った。「……でも熊木田さんの申し出は、とても嬉しいですわ。そう言う条件ではお断りできませんね」
総理ほどの政治家でも献金の魅力には負けてしまう。党の金を使い込んだとしたら穴埋めにも金が必要なはずだ、と熊木田は心中笑った。
「病院ではなく、私に子供を授けてくれた優秀な博士を紹介しましょう。でも希望に沿えるかどうかは分かりませんよ。相手は権力におもねることを嫌う研究者ですから」
自分の行動に保険を掛ける武上に、熊木田は「もちろんです」と応じ、現金を入れた大きな封筒を運転席の秘書に渡した。その間、武上は紫色に光る東京スカイツリーを見ている。心ここに有らずというアピールだ。その程度のことで、金の
「これは献金ではありません。情報をいただいたことに対する情報提供料です」
「情報提供料?」
「ビジネスの世界では普通のことです」
「そうなの?」
熊木田の話に武上が不思議そうな顔をした。優秀な人間だが、先祖代々政治家をやっているだけに、どこか世間ずれしたところがある。
「ただし、所得申告は必要です。もっとも、総理が申告をうっかり忘れても私は関知しません。私も費用には計上しませんから、税務署がそれを知ることはありませんから、ご安心を」
「面白い人ね」
武上は笑い、スマホを手にした。
「もしもし、
熊木田は、電話の相手が、協力する見返りに厚生労働省に対して何らかの圧力をかけてほしいと言っているのだろうと聞いていた。
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