最愛を失った完璧公子は後悔する -一周目のウィリアム-
4. 最愛を見つけた
「ウィル、聞いて。お姉さまが……。お姉さまが、湖に落ちたわ。私、どうすれば良いの……?」
リリーはそう言うと、大きな緑の目に涙を一杯に溜めてウィリアムを見上げた。
誰もが思わず慰めたくなるような可憐な泣き顔。
衝撃で茫然自失となりながらも、ウィリアムは機械的にリリーを抱き締めた。
何も考えられなかった。
周りの騒ぎをどこか他人事のように感じながら、リリーのその緑の眼だけはエルシーにそっくりだ、とだけ思った。
◆◆◆
ウィリアム・オルブライトは公爵家の嫡男として生を受けた。
金髪碧眼の整った容姿に、ありとあらゆる才能。持って生まれなかったものはないと言っても良かった。
何をやっても人より上手く出来る。周りの人間が何をそんなに苦労しているのかがわからなかった。
ウィリアムは退屈だった。
親の期待に応え、適当な貴族の娘と結婚して、公爵家をそこそこ発展させる立派な公爵になるのだろう。
一見華やかな人生に思えるが、正直なところ何の魅力も感じない。
早熟なウィリアムは、幼いながらも仄かな絶望を感じて毎日を過ごしていた。
ある日、父親に連れられて登城したウィリアムは、王女姉妹の遊び相手になることを命じられた。
二人が遊んでいるという庭園に向かいながら、ウィリアムは溜め息をついた。
(面倒だ。何が楽しくて王女様たちのご機嫌をとらなければならないんだ)
そうするのが正しいとはわかっていながらも面倒で仕方ない。
王女は二人とも年下で、ウィリアムは年下の相手があまり好きではなかった。
庭園に到着すると、二人の少女が木の根元で本を読みながら何か話しているのが見えた。
あれが恐らく王女様たちだろう。
近寄っていくと、何を話しているのかが聞こえてきた。
「お姉さま、違いますわ! 古代アルス語で雲は――です。お姉さまの発音だと、埃という意味になってしまいますわ」
「そう? ちゃんと発音したつもりだったのだけれど。難しいわね……」
「全然違いますよ! お姉さまったら、うっかりさんね」
「そうね。私と違ってリリーは賢いわ。自慢の妹よ」
茶髪の少女がそう言って微笑みかけると、蜂蜜色の髪の少女も得意げに笑い返した。
二人が話している古代アルス語は、アルス王国で太古の昔に話されていたとされる言葉だ。
遠い上にあまり交流の無い国で、そんな国の古代語が全く話せなかった所で勿論問題になることはない。
寧ろ話せる方が珍しい。
自慢気に話しているのが恐らく第二王女のリリーだろう。
彼女の噂はよく聞いていた。愛らしい美少女で優秀な才媛だということだが、どうやら噂は真実のようだ。
側室の母を持ちながらも、その優秀さから将来を有望視されているらしい。
そうすると、その横で穏やかに笑っているのが第一王女のエルシーということになる。
ありがちな茶髪に、これといって特徴のない顔立ち。街ですれ違っても気づかないような平凡な少女だった。
だが、その穏やかな笑みが何故だか胸に焼き付いた。
二人に向かって歩みを進めると、その気配に気づいたのか、姉妹が同時に顔を上げた。
リリーが立ち上がり、子犬のように駆け寄ってくる。
「貴方がウィリアムね! お父様から話は聞いているわ。 ウィルって呼んでもいいかしら」
「ええ、勿論。王女様」
「もう、リリーったら」
ゆったりとエルシーも立ち上がり、申し訳無さそうな表情で歩み寄ってくる。
「リリーがごめんなさいね。この子はいつもこうなの。改めまして――第一王女、エルシー・コーンウォリスよ」
そう言ってエルシーが優雅にカーテシーをする。
それまでの平凡さが嘘のような、気品のある仕草。思わずウィリアムは目が離せなくなった。
暫くそうしていたが、やがてエルシーは照れたような笑みを浮かべて言った。
「どうかしら。少しは様になっているかしら。練習の成果が出ていると良いのだけれど」
「あ! お姉さまずるい! 私も!」
そう言ってリリーも同じく挨拶し直す。姉と同じく、いやそれよりも完成された仕草だった。
ウィリアムはそれらに返答した。
「ウィリアム・オルブライトです。お会い出来て光栄です。エルシー殿下、リリー殿下」
それが出会いだった。
帰り道、父のオルブライト公にやたらリリーの印象を聞かれた。
どうやら公爵家にリリーを降嫁させる話が出ているようだ。
だが――ウィリアムの心に残っているのは、何故かあの平凡な第一王女だった。
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