3. そしてエルシーは

 エルシーが小屋の中を整理していると、奥の方から丁寧に畳まれたドレスが出てきた。


 崖から転落した際に着ていたものである。セオがしまって置いてくれたのだろう。


 今着ている平民の服と比べて肌触りが全然違う。


 


(あの頃はこんなに質の良いものを毎日着ていたなんてね)




 エルシーは少しの間懐かしみながら眺めていた。




「エルシー……。戻るのか。元の場所へ」




 いつからそこに居たのか、背後からセオに声をかけられる。


 振り返ると、いつも飄々と笑っているセオが泣きそうな顔でそこに立っていた。


 


「セオ? どうしたの、そんな顔して……」




「エルシーが元々すげえいい暮らしをしていたのは分かってる。本当はこんなボロ小屋にいるべきじゃないってのも。だけど」




 セオは必死に言い募る。


 


「俺が側に居てほしいんだ。仕事が嫌なら辞めても良い。行かないでくれ……」




 そこまで言うと、セオはエルシーを掻き抱いた。


 暫く言葉を失っていたエルシーだったがやがてそっと抱きしめ返した。


 


「行かないわ、どこにも……。馬鹿な人ね」




 そうしてエルシーは全ての事情をセオに話した。


 貴族の出だとは思っていたが、流石に王女だとは思っていなかったらしく事情を聞いたセオは大慌てだった。


 それを見てエルシーは笑う。


 幸せだった。欲しかったものは全てここにあった。








 ◆◆◆








 チリンチリン、と呼び鈴が鳴る。久しぶりの客だった。


 セオは森に獣を狩りに行っているので、エルシーが出るしかない。


 はあい、と足早に向かい、エルシーは扉を開けた。


 


「……久しぶりですね、エルシー。随分、探しました」




 ウィリアムが無表情でそこに立っていた。


 あれからずっとエルシーを探していたのだろうか。


 どうしてここがわかったのか。


 


 衝撃で動けなくなっているエルシーの腕をウィリアムが強引に掴んだ。


 


「さあ、帰りましょう。あなたの居場所はこんな小汚いところではない筈だ」




「嫌! 離して! 私が居なくても別に困ることなんてないでしょう!」




 エルシーは必死に抵抗した。


 絶対に戻りたくなかった。地位も名誉も要らない。


 自分を必要としてくれて愛してくれる人がいる。


 ここより行きたい場所なんてない。


 


 エルシーを強引に連れて行こうとしていたウィリアムが突然吹き飛び、地面に倒れた。


 セオが帰ってきたのだ。


 


「おい、なんだお前、エルシーを離せ!」




「この方は貴様みたいな汚い平民が気安く呼んで良い方ではない!」




「やめて!」




 エルシーは叫んだ。


 そうしてウィリアムに向き直る。


 


「セオは私の夫よ。貴方にどうこう言われる筋合いはないわ」




 それを聞いたウィリアムの表情が崩れた。


 


「何故! 煩わしいことは全てやって差し上げたのに。私はただあなたが側にいるだけで良かったのに!」




「私がいつそんなことを望んだというの!」




 ウィリアムが押し黙った。


 暫く沈黙した後、静かな声で言う。


 


「……帰りましょう。今ならまだ不貞行為も許します。リリーも待っています」




「何度も言わせないで。嫌よ。こんなところまできてご苦労様、帰って頂戴」




「私を愛していなかったのですか……?」




 ウィリアムが涙を流しながら問うた。


 エルシーは静かに答える。


 


「愛していたわ。でも、愛していたからこそ許せないこともあるのよ。私、誰に軽んじられても平気だった。でも、貴方にだけは求められたかったわ」




「じゃあ、帰って、一緒に」




 何か言いかけたウィリアムの言葉をエルシーは遮った。


 


「でも、もう全て過ぎたことよ」








 ◆◆◆








 ウィリアムを追い返した日の夜、二人は必要最低限のものだけを持って小屋を出た。


 国を出よう。もっと遠くへ。見つからないところへ。


 あてはなかったが平気だった。


 二人ならどこへ行っても大丈夫、心の底からそう思っていた。


 


 


 そうしてエルシーとセオは隣国で暮らし始めた。


 暫くして、元いた王国で内乱が起こったという噂が流れてきた。


 仲が良かった筈の女王と公爵家が反発し合うようになり、政治が乱れ、国が荒れているらしい。


 消えた第一王女の元婚約者が先頭に立って反乱を起こしたようだ。


 


 その情報はエルシーの胸を一瞬騒がせたが、すぐに忘れ去られた。


 エルシーは大事にすべきものを大事にすることで忙しかった。

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