【完結】その約束は果たされる事はなく

かずき りり

第1話

 ――貴方を愛していました――


 身分とかではなく。

 私への気遣いや、諦めない姿勢や、力強い生命力に。

 名前も知らない貴方の事を……。


 目の前のパレードで美しい笑顔を見せる王太子殿下。

 その隣には美しい侯爵令嬢の姿があり、仲睦まじい姿を見せる。

 今日は二人の婚姻披露パレードだ。


「じゃあ……お願いね?」


 まだ幼い六歳くらいの女の子に頼む。

 女の子は小さく頷き、パレードの列へ走っていった。

 私はこの恋心を捨てることは出来ないでしょう。

 貴方を諦める事は出来ないでしょう。

 今もこんなに胸が張り裂けそうなくらいで、息をするのも苦しいくらいで。

 これから先、殿下達の話題を嫌でも市井で聞く暮らしは、耐えられそうにない……。

 仲睦まじく、子どもも生まれて……お二人が一緒にいる姿を……。

 考えただけで涙が出てきた。

 皆はパレードに夢中で、片隅で泣く私なんて目に入っていない。


「……さようなら……」


 私はそう言って、その場を立ち去った。


 ◇


 出会いは数ヶ月前だった。

 森の中、猪を狩る為の罠に血まみれで引っかかっている青年を見つけた事が始まりだった。


「少しでも調子は良くなった?」


 近くまで近づき、耳元で問いかけると青年は少しだけ顔を動かし頷く。

 青年の体は傷だらけで、剣に切られた後もあった。

 しかも毒まで盛られていたらしく、体に痺れ等もあるのか、話す事も目を開ける事も……体を起こす事も出来ないのだ。

 かろうじて聴力は多少ある程度で、近くで声を出さないと聞き取れないようだった。

 ワケありかと思い、森の中にある私の小屋で面倒を見ている。

 私は薬師として働いているから、薬草を探すためにも森の中に住んでいる方が都合良いのだ。

 そして森の中を彷徨うに辺り、草木や虫などに悩まされる事も多いので、長いローブを目深に被る癖がついていて、町にまで行くと知らない人には魔女のようだと遠巻きにされている。

 身体を横にし、少しずつ流動食のような物をとらせ、毒消しを始め様々な薬を与える。

 日が経つにつれ、少しずつ回復していく青年。


「負け……ない……」


 ある日、喋れるようになった時、寝言で言った言葉に、胸が締め付けられる思いをした。

 助けたい。

 支えたい。


「いつもありがとう。疲れてはいないか?ゆっくりしてくれてかまわない」


 聞こえて喋れるようになれば、彼は私へ感謝の言葉を常に口にし、挙句私の体調まで気遣ってくれていた。

 自分はまだ満足に動く事すら出来ないのに。

 まだ目が見える状態でもないのに。


「早く治してみせる。むざむざ死んでやるものか!」


 力強い言葉。

 そんな彼に毎日胸が高鳴る思いだった。

 ある日、薬草を取りに行って帰ってきたら、彼が水浴びをしていた。

 さすがに異性だ。私が体を拭くと言っても、全身拭けるわけでもなく……そして彼の美しい髪と顔が現れていた。

 私は思わずフードを更に目深に被った。

 自分の顔を曝け出すなんて恥ずかしいと思えたのだ。


「今までありがとう。僕はもう行くよ。戦わなくてはいけない」


 彼はこの国の第一王子だと言う。

 立太子すると決まった時、視察へ出た時に第二王子の派閥が紛れ込んでいて、毒を盛られた上に雇ったと思われる盗賊に襲われたそうだ。

 命からがら逃げ出し、痺れる体を何とか動かし、相手に見つからないよう森の中を彷徨っていたらしい。


「必ず迎えに来る。名前を聞くのはその時までとっておくよ」


 笑顔でそう言った彼は、そのまま小屋を出て行った……。

 王子という立場で迎えに来るなんて出来るのか。

 国を背負う立場で、そんな自由はあるのか……。

 きっと王子にふさわしい令嬢を迎える事になるのではないのか……。

 そう思うも、愛する心は、どこかで迎えに来てくれる事を期待していたのだろう……。


 ――立太子した第一王子が婚姻するという話を聞くまでは――



 トトトトッと、王太子の馬車に近寄る幼い子どもに対し、騎士が怒鳴りつけようとしたのを王太子が止め、優しく声をかける。


「危ないよ?」

「毒から薬は作られる。特別な毒は特別な花。」


 そう言って少女は手に持っていた花束を王太子殿下の前に差し出す。

 王太子殿下は、少女の言葉にも、持っている花にも驚いて目を見開いている。

 少女が持っているのは、結婚式やこのパレードでも使用しているレースのような波打った花びらが沢山ついたレリディアントという花だ……。

 ただ、一般的には白が多く、少女の持っている花束は、白い花の中にたった一輪だけ赤い花があった。


「?何を言っているのかしら?あら、赤いレリディアントなんて初めて見たわ。素敵ね」

「……ラティ……?何を……?」


 驚いた表情のまま、王太子殿下は妻となった侯爵令嬢の方へ振り返る。

 その時、王太子殿下は何かに気がついたように、少女に目を向け、焦ったように問いかけた。


「君!その花を渡した人はどこに居るんだ!?」

「わ……わからない!頼まれただけだもんっ」


 少女はそう言って、花束を落とし走って群衆の元へ戻っていった。

 王太子殿下は呆然としたまま、馬車の席につき、隣に居た令嬢へ一言呟いた。


「……勘違いした僕は面白かったか?」


 令嬢が息を飲んだ音が聞こえた。

 何とか笑顔でパレードを続けようと令嬢がするものの、王太子殿下は両手で顔を覆ったまま、群衆に笑顔を見せる事も手を振ることもしなかった。

 そして、その顔が涙に濡れていた事も、群衆に見えることもなかった。


 ◇


 第一王子が第二王子を断罪し、立太子の式典が終わると翌日には慌ててどこかへ出かけようとする。

 侯爵令嬢は、その後を追った。

 父である侯爵は第一王子派だった為、情報が入ってきていたのだ。

 森の中にある小屋で治療していたこと。治療していたのは女だったこと。そして立太子するにあたり、その女性を妻に迎え入れるという事を陛下と約束したと言うことまで。

 なにより……戻ってくるにあたり、まだ視力や聴力といったものは完全に回復していたわけでもなく、体に痺れも残っていて、その女性の明確な声や姿も曖昧だという事まで。

 そこまで急ぐ程に、早く一緒になりたかったのだろう。


 森に住む魔女は侯爵の耳にまで届いていた為、殿下が動く可能性のある立太子式典の翌日には薬の納品の為に町へ出てくるように手を回したのだ。

 明確な小屋の位置までは分からない為、殿下の後を分からないようにつけ、おおよその位置を把握した時に先回りして殿下の前へ出た。


「君は……」


 平民らしくペコリとお辞儀をする。

 服もこの時のために市井で買った平民服だし、目深にフードもかぶっている。


「約束通り……名前を聞いて良いかな」

「ラティエルと申します……殿下」


 嬉しそうに歩んでくる殿下に、フードを脱ぐ。

 驚いた顔をした殿下は、私が誰かすぐに理解したのだろう。


「君……だったのか?確かアラナス侯爵の……」

「はい。ラティエル・アラナスと申します」


 余計な事は一切言っていない。私は嘘をついていない。殿下が勝手に勘違いしているだけだ。

 聞いたとおりの特徴である格好をしただけだ。ただこの場所に居ただけだ。

 婚姻が終わるまで、私は口数少なく過ごした。疑われてはいけない。嘘を付く気もない。

 ここまで素早く行動を起こした殿下の事だ。きっと婚姻までの時間も早いだろう。

 婚姻してしまえば、こちらのものだ。勝手に勘違いした殿下が悪い。

 何より……いきなり現れた女に心奪われた殿下が悪い。

 私がこんなにお慕いしていたのに……。


 ◇


 どうして!

 どうして!!

 どうして!!!


 愚かだった。

 気がつかなかったなんて言い訳でしかない。

 視力も聴力も、しっかり回復するまで待てば良かったと後悔してもしきれない。

 時間は戻らない。

 彼女の気遣いも、暖かい肌も、あんな私に一生懸命に献身的に尽くしてくれた優しい心も!

 別な人と間違えるなんて!


 パレードが終わり、急ぎ森へ駆け出した。

 諦めきれなかった。

 もう婚姻は終わり、民達へもお披露目してしまい、今更間違いでしたなんて言えない。

 自分の立場をもどかしく思った。

 だったら全てを捨ててでも森の中に残れば良かったと思える。本当に今更だ。


 走って、走って、走って


 肺が痛む。足の感覚がない。息が苦しい。

 だけど、その足を止める事はない。

 会って……会ってどうすると言うのだ。

 そんな自問自答を繰り返すも、彼女に会いたいという気持ちだけが沸き起こる。

 会いたい。ただそれだけだった。



 複数の毒が組み合わされているのじゃないかと言うくらい、全ての感覚が麻痺していたが、彼女が与えてくれる薬により徐々に感覚が戻っていっていた。


「この毒にも効く薬草があって良かった……」


 ポツリと呟いた言葉に、彼女の表情が一瞬曇ったような気がした。ハッキリと見えないが。


「薬はね……毒なの……。とても美しいレリディアントですら毒を持つ種類があるのよ……見た目はとても美しくて……好きなんだけど……」


 いつも口数の少ない彼女が、珍しく薬草の情報とも取れるようなものを教えてくれた。

 美しいレリディアント……見てみたいと思った。

 だから式典にもパレードにもレリディアントの花を大量に使った。

 侯爵令嬢に何色が良いか聞いた時、白と答えたのは、一般的に広まっているのが白だからかと思ったが、違う。

 知られているのが白しかないのだ。


 日が沈み、周囲は闇に囲われる。

 それでも構わず森の中を駆ける。

 方向を見失う事なく。獣に怯える事もなく。

 ただただ一心不乱に駆け、やっと小屋が視界に入った。

 でも……そこに灯りなんてなく……。

 嫌な気持ちが胸に渦巻く。


 居ないのか?

 もう夜なのに、まだ外にいるのか?


 ノックをするも返事がない。

 声をかけるも返事がない。

 焦った殿下は無遠慮に扉を開いた。

 月明かりが室内を照らす。

 人影が見える。


 ――そこにあったのは――


「うわぁああああああああああ!!!!!!」


 闇夜に響く叫び声。

 泣き崩れる王太子殿下。




 ――必ず迎えに来る。名前を聞くのはその時までとっておくよ――


 彼女の口からはもう二度と語られる事がない。

 果たされなかった約束。

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