仲人

三鹿ショート

仲人

 頑丈な縄を手に、私は郊外に存在する空き家へと向かった。

 何年も前に持ち主がこの世を去って以来、幽霊が出現すると噂になっているその家は、確かにそのような存在が姿を現してもおかしくはないほどに荒れ果てていた。

 庭の草木は私の腰の辺りまで生長し、窓硝子は全てが破壊されている。

 内部は塵で溢れ、明るい時間帯ならば数多くの虫を目にすることもできたことだろう。

 塵を踏みつけながら縄を引っ掛けることが可能な場所を探していたところで、私はその女性の存在に気が付いた。

 月明かりに照らされた彼女の背後に存在する押し入れを、彼女の肉体を通して目にすることができたことから、おそらく彼女が噂の幽霊なのだろうと悟った。

 だが、私がそのような存在に恐怖を覚えることはない。

 これから私は、彼女の仲間と化すのである。

 縄で作った輪の中に首を突っ込もうとしたとき、彼女が声をかけてきた。

「何故、この世界から去ろうとするのですか」

 どうやら彼女は自分が私に認識されていることに気が付いているらしい。

 その問いに、私は答えた。

「とある人間に虐げられているのです。私が自らの意志でこの世を去ったことを知れば、周囲は一人の人間を死に追いやったのだと彼女を軽蔑することになることでしょう。それが、私に可能な報復なのです」

「あなたの行為が成功したのかどうか、どうやって知るつもりなのですか」

「あなたのように、この世界に留まることが出来れば、可能でしょう」

「不可能だったとすれば、あなたの行為は無駄ということになりますが」

「それでも、何もしないよりは良いでしょう」

 輪の中に首を突っ込み、足場から下りようとしたが、再び彼女に止められた。

「私に出来ることがあれば、力になりましょう」

「見ず知らずの私に、何故そのようなことを」

 私の言葉に、彼女は口元を緩めた。

「前途のある人間が、己の未来を見ることなく去ることは、勿体ないですから」


***


 私を虐げている人間の話をしたところ、彼女は目を見開いた。

「それは、私の妹です」

 いわく、彼女は数年前に交通事故に遭い、生命活動を終えたはずだったが、精神のみがこの世界に留まっているらしい。

 しかし、自分のような幽霊が街中に存在していた場合、自分を認識することが可能な人間をいたずらに怯えさせてしまうのではないかと考え、この空き家で時間を潰しているということだった。

 彼女は深々と頭を下げながら、

「妹が、迷惑をかけてしまっているようで、申し訳ありません」

「あなたに謝罪されたとしても、何の解決にもなりません」

 私がそう告げると、彼女は人差し指を立てた。

「解決策であるかどうかは不明ですが、妹の秘密を教えましょう。これが役に立てば、あなたの現状も変化するのではないでしょうか」

 彼女が語った内容は、耳を疑うようなものだった。

 だが、この世界から逃げ出すことを決めた今、何をしたところで、さしたる問題は無い。

 半信半疑ながら、私は彼女が語った秘密というものを利用することにした。


***


 後日、私は彼女に感謝の言葉を伝えた。

 彼女の言葉に従うと、私を虐げていた人間と私の立場が見事に逆転したのである。

 彼女が語った妹の秘密とは、他者に攻撃的な姿を見せる一方で、虐げられることに悦びを見出すというものだった。

 それが周囲の知るところではなかった理由は、暴力的な相手がそのような本性の持ち主であることを想像することは不可能だったからだ。

 常のように暴力を振るう相手に私が反撃したところ、相手は怒りを露わにすることなく、むしろ頬を紅潮させながら、私に続きを求めてきたのである。

 それ以来、私は相手と親しい関係に至った。

 これまでに受けた仕打ちの報復も意味しているために、私の行為は過激なものだったが、相手は全てを受け入れ、悦びの声を発した。

 順序が逆転しているようだが、やがて我々は恋人関係に至り、さらに互いの欲望を満たすようになった。

 事情を知ると、彼女は嬉しそうな表情を浮かべた。

「妹が幸福ならば、それで良いのです」

 彼女の助言により、誰もが幸福の道を歩むことができたことは、喜ばしいことだった。


***


 恋人から夫婦へと発展したが、我々の行為に変化は無い。

 しかし、段々と妻との時間がつまらないものだと思うようになった。

 何故なら、何をしたところで、妻は同じように悦ぶだけだったからだ。

 私の想いを妻も察したのだろう、私に縋るような態度を見せるようになった。

 頼られることは喜ぶべきことだが、妻という存在そのものが疎ましくなってきた今、その態度も目障りだった。

 そこで、私は最高にして最後の快楽を与えることに決めた。

 悦びを示していたが、今では動かなくなってしまった妻を見下ろしていると、いつの間にか彼女が姿を現していた。

 愛する妹の生命を奪ったことに怒りを露わにするものだと考えていたが、彼女は嬉しそうな表情を浮かべながら、

「ようやく、このときが来ましたか」

「どういうことですか」

 彼女は妹に唾を吐いてから、

「私は、妹に未来を奪われたのです。そのような人間がのうのうと生きていることに、私は我慢することができなかったのです」

 いわく、とある大雨の日、彼女は学生だった妻に自動車での迎えを頼まれ、約束の場所へ行こうとしたところ、その途中で事故に遭い、この世を去ることになってしまったらしい。

 妹に対する恨みを捨てることができないが、それを晴らす方法も分からずに過ごしていたところ、偶然にも妹に恨みを持っている私と会ったため、利用することにしたらしい。

 彼女は清々しい笑みを浮かべながら、

「協力してくれて、感謝しています。これで、思い残すことはありません」

 その言葉を最後に、私は彼女の姿を目にすることができなくなってしまった。

 自身の願望を叶えるために私を利用していたことについて、私が怒りを抱くことはなかった。

 何故なら、私は妻に充分な報復をすることができたからだ。

 私は消えた彼女との時間を思い出しながら、妻の死体を処理すべく、浴室へと向かった。

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仲人 三鹿ショート @mijikashort

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