第44話 それからの話 1


 2学期の期末テストもようやく終わり、待ちに待った部活が解放された。


 隠れ里のような辺鄙へんぴな場所にあるマジック部。元々は物置きであった。部員の減少に伴って徐々に領土を侵食され、最近ようやく少し取り戻したが、それでも狭い事は狭い。


 僕はテストの結果を不安に思いながらドアに手をかける。僕が抱えていた問題はほとんど解決した。これからは心を入れ替えて部活動に励まねばならないだろう。


「お、もうみんな揃っているのか」


 ざっと室内を見渡す。


 部員の9割が女子のマジック部は今日も黄色い声で満たされていた。


 中でもひときわ元気な声をあげているのが相良さんであった。


「あっははははは! なんですかそのマジック! 植毛のCMみたいに毛が生えてる! あはははは!」


「どう? カツラに毛を生やしてみた。ちなみにちょんまげもできるよ」


「あはははは! やめ……やめてください、おなかいたい……」


「これ浅葱くんにかぶせてみようよ」


「あはははははははは!」


 なんともにぎやかである。


「なんだなんだ、テストが終わったばかりだというのに元気だな」


「あ、実験台……じゃなくて部長さん。遅かったですね」


「顧問と話してたもんでな。……そっちの暗いのはどうした?」


 僕は部屋の隅でうなだれている瑞星を一瞥いちべつする。


「テスト終わった……ぜんぜんついていけないよ……」


「この通りです。問題が一個も分からなかったんだとか」相良さんがそう説明する。


「だから中学校に戻れと言ったのに」


 彼女は高校に入ってからの記憶が全く無いのである。というのも、高校に入ってからの彼女は天渡星焔を演じていたのだから、瑞星としてはまったく勉強をしていない事になる。


「1年生に来てくれたら私が勉強教えられるんですけどね」


「いくぅ……いますぐ1年生になるぅ……」


「ま、来年から2年生ですけど」


「む~~~り~~~~!」


 あの事故があったとき瑞星は中学2年生であった。もう少しで3年生になるというところであの事故が起こり、治療のためには僕と学年を合わせるべきだという話でまとまった。そのため瑞星は実質3学年ほど飛び級していることになる。


「お姉ちゃんみたいに頭が良かったらなぁ……」


「比べちゃだめですよ。あの人が異常なだけですから」


 瑞星が羨望の眼差しで見つめる。相良さんは超自然的すぎる能力には呆れてものも言えないのか、ただ瑞星の頭を撫でながら首を横に振った。


「我が妹ながら情けない。この1か月、どれだけの時間を勉強に割いたと思っているんだ」


「教えられたって無理なモノは無理~~~~~!」


「やれやれ……だから浅葱くんに面倒を見て欲しかったんだよ」


 そう言って僕の手を取るのは誰あろう、天渡星焔。その人であった。


     ☆☆☆


 無情な電子音が命の終わりを告げていた。


 僕も瑞星も肩を落として、どれだけ呼んでも反応しない、星焔の死を受け入れようとした。


 その時だった。


「……うる、さいなぁ………」


 刺すように響き渡っていた電子音が途切れ途切れに鳴り始め、僕達が気づいたころには規則正しく、ピッ、ピッ、と正常な動きを見せていたではないか。


「うるさいなぁ……。ここは病室だよ、もっと静かにしたまえ」


「お、お前………お前!」


 僕の声が震えるのは仕方がないと思う。


「なんだよ、幽霊を見たような顔してさ………生きてるだろう? ちゃんと」


「星焔……ああ、言葉が出てこない……たしかに動いてるよ」


 ベッドの上でむくりと体を起こしたのは死体ではない。僕の手を取って自分の心臓を確かめさせる。さっきまで止まっていた心臓が、いまは、たしかに動いていた。それに、心臓の位置は胸の位置。女の子の純情さが微塵も感じられない無骨な所作は天渡星焔そのものであった。


 生きている。星焔が生きている。それだけで僕は言葉を詰まらせてしまった。


 涙をボロボロこぼす僕を鬱陶しそうに見つめる星焔はやがてやれやれとため息をつくと、その隣でボロボロ泣いている瑞星に視線を移した。


「瑞星」


「おねえちゃん……」


「いろいろと大変だったね。怖かっただろう? でも、もう大丈夫だよ。これからはいつも通りだ」


「おねえちゃん……、うん、怖かった。ぜんぜんわけがわからなかった。心細かったよ……」


「大丈夫。私がいるからね」


 2人は抱擁を交わした。


 医者や看護師は信じられないというような顔をして、ただ黙っていた。


 その場の全員が共通で理解したことはただ一つ。天渡星焔が生き返ったという事だけだ。各人各様の思いを抱いているかもしれないが、真実はそれだけ。


「やあ、これが私の一世一代の蘇生マジックさ。驚いたかい?」


 星焔はそう言ってぎこちなく笑った。


 命の輪廻さえ、彼女は手品にしてしまうのだった。


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