第40話 星焔との再会 2
僕は瑞星にすべてを話した。事故の事。ストレス障害の事。相良さんの事。治療の事。そして星焔の事を。
病院は昼間だというのに薄暗かった。まるで死者に面会に行く通路を通っているかのように
「はあ……なんだか頭がくらくらしてる。でも、高校の学生証を持っていて、お姉ちゃんの名前が書かれてて、そこにみずほの写真が載ってて……うぅ、信じるしかないかぁ」
瑞星は深いため息をついた後、僕と相良さんを交互に見て、頭を下げた。
「迷惑をかけてしまって、ごめんなさい。記憶が無かったとはいえすごく振り回しちゃって、どれだけ謝ればいいのか分からないくらいだよ」
「瑞星……」
「……ううん、違うよね。こういう時はありがとうって言わなきゃだよね」
「………………」
「ありがとうございます。ようにいちゃん。お母さん。それと、相良……さん」
瑞星は強い。瞳は黒く濡れてキラキラ輝いている。もっと戸惑っていいのに、困惑してもいいのに、彼女はもう受け入れているようだった。同じ境遇に立った時、感謝の言葉を述べる事が僕にできるだろうか? 僕は出来ないと思う。いざとなれば女の子の方が強いとよく言うが、本当にその通りだと思う。思春期の女の子ゆえの強さが瑞星の顔に現れていた。清流のような美しさだった。
「まだぜんぜん現実味が無いんだけどさ。でも、みんなが支えてくれたからここに私がいるんだってことは分かるよ。なんだろう……みんなの顔を見るとホッとするの。相良さんもなんだか初めて会ったようには思えないし……。きっと、私の中のお姉ちゃんが教えてくれてるんだと思う。あなたの帰る場所はここだよって」
「……………………」
「だから、私も、お姉ちゃんに返さなきゃダメ。お姉ちゃんが帰ってくる場所を奪っちゃったら、あはは、妹失格だよ」
「瑞星……。そうだな。星焔はきっと戻ってくる」
星焔の病室は4階の隅にあった。部屋の中にはいろんな機械に囲まれた女の子がベッドの上で横たわっている。体にはいろんな管が通され、僕には女の子の体さえも機械の一部なのではないかと思われた。心電図から鳴る規則正しい電子音だけが女の子が生きている事を伝えていた。
病室に入る前に僕は瑞星に向かって「覚悟はいいね?」と聞いた。
僕はこの病室に何度も訪れているから中の様子を知っているが彼女は初めて訪れるのである。瑞星はたしかに頷いた。
しかし、病室のドアを開けて中に踏み入れる。瑞星にとって昨日まで元気だった姉の抜け殻に、感情をかき乱されないわけがなかった。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん! 目を開けて、お姉ちゃん!」
「瑞星……」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
ベッドに駆け寄り必死に揺さぶる瑞星。相良さんが慌てて瑞星を引き剥がすがそんなのお構いなしに「お姉ちゃん!」と叫び続けた。
やはり刺激が強すぎたのだ。
「うぅ……星焔」
「おばさん、大丈夫ですか? そこにソファが……」
「大丈夫。私は大丈夫だから瑞星を座らせてあげて」
星焔母は力なく首を振ると、ベッドの脇にあるソファを見やる。彼女も星焔の病室に何度となく見舞いに来ているが、愛娘の眠り続ける姿は耐えられないらしい。フラフラとベッドのそばに歩み寄ると静かに星焔の手を取った。
「星焔……ほら、浅葱くんが来てくれたわよ。それに今日は星焔のお友達に、瑞星も来てくれたわ……。目を、覚まして……。声を聞かせて頂戴……。星焔……」
星焔の手は白かった。まるで体の中に何も通っていないかのように、とても精巧に作られた人形のように白かった。それは、死んでいるかのように美しかった。
だけど、呼吸はしている。胸がわずかに上下しているし、頬に触れるとわずかに温かい。生きているのだ。まだ、生きている。
「瑞星。星焔に声をかけてやってくれ。こいつはどうせ僕のいう事なんて聞かないけれど、君が言えば聞くかもしれない」
「なんて言えば……」
「君がこれからしたい事。星焔としたい事。何でもいい。……まぁ、星焔はいつも人騒がせな事ばかりしていたからな。文句を言ってりゃそのうち起きるだろう」
「何それ……でも、うん。お姉ちゃんには言いたい事がいっぱいあった。言えなかった事もあった。ぜんぶお姉ちゃんのせいなんだから早く帰ってきて謝ってもらわなきゃ」
涙を袖で拭って、瑞星はようやく落ち着きをとりもどしたらしい。相良さんの手を離れて母と反対側に歩み寄ると、姉の頬に手を添えて「こんなに小さかったんだね、お姉ちゃん……」と静かに呟いた。
全員の脳裏にはもちろん、星焔が死ぬかもしれないという恐怖があっただろう。病院から連絡がかかるという事は相当危険な状態にあるという事で、僕達は最期に立ち会うために呼ばれたのだ。
……だけど、全員の脳裏にはまた、星焔の事だからもしかしたら、という想いもあったと思う。僕はもちろんそうだけど、星焔母も相良さんも、起きたばかりの瑞星でさえも、この場にいる全員が星焔の目覚めを期待していた。
生と死を超えた大マジックを見せてくれるかもしれない。そんな希望を――確信に近い期待を誰もが抱いていた。
いつもの無表情で、人を見下したような声で、この世のすべてが子供だましだと言わんばかりの冷めたトーンで「おはよう……なに、どうしたの?」なんて言ってくれるのを、全員が期待していた。
星焔の事だから。いつも誰かを驚かせたりからかうためにマジックの才能を行使する彼女の事だから、絶対に目を覚ますのだと。
だけど、どんなマジックにも種も仕掛けもあるのである。
「喉が渇いただろう。何か、飲み物を買ってくるよ」
僕は一言そう断ってから病室を出た。
大マジックの準備をするためである。
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