第37話 事故の真相


 その日は特別な日になるはずだった。


 天渡星焔と付き合う事になった次の日。僕は彼女に呼び出されてデートなるものをしていた。遊園地でマジックショーがあるというのである。星焔はそれをやたらと見たがった。


「君はいつでもマジックの事ばかりだな」


「好きなんだからしょうがないでしょ?」


「まぁ、僕のせいでもあるか」


「浅葱くんのおかげで、ね」


 まだ僕達が中学生だったころの話である。お金が無い僕達は互いのお小遣いを出し合ってバスに乗り、近所の小さな遊園地へと向かったのだった。


 あの日、もし僕が道路側に立っていなかったら。


 あの日、もし僕が先にトラックの暴走に気づいていたら。


 あの日、もし僕達が遊園地に行かなかったら。


 あの日、もし僕達がデートをしていなかったら。


 僕はいつも考えてしまう。たくさんの『もしも』が頭を巡って、別の世界線を想像せずにはいられない。


 あの日のいくつもの『もしも』がいくつもの世界を創った。けれど、現実には……


 交通事故だった。


 逃れられなかったのかもしれない。あるいは、自ら引き起こしてしまったのかもしれない。


 赤く光った信号機。トラックがブレーキ音を響かせながら突っ込んできたのだった。


 そうして、彼女が走り出したのである。


 トラックが突っ込む先にいる妹めがけて…………


 あの日、もし瑞星が同行する事を許可していたら、こんな事にはならなかったのだろうか。そんな『もしも』を僕はずっと考えてしまう。


     ☆☆☆


 気を失った天渡瑞星をベッドに寝かせる。すぅすぅと寝息を立てている。ものすごい金切り声をあげたから心配していたけれど、このぶんだと目を覚ますのはすぐだろう。もっとも、目を覚ました後の方が僕は心配だった。


「……記憶がどうなるのだろうか。天渡星焔として目覚めるのか、天渡瑞星として目覚めるのか、そのどちらでもなくなるのか……。ああ、余計なことをしやがって、七星のやつめ」


 ただでさえナーバスな部分なのである。記憶が混濁こんだくし始めていて、彼女自身、自分がどちらなのか選べないようだった。こんな事態にならないように細心の注意を払っていたのに七星のやつめ………。


「どうなっちゃうんですか、ほむら先輩は」


「分からない。記憶を全部失う可能性だってある。こればっかりは……」


 重い沈黙に包まれていた。相良さんは押し黙ってしまうし、七星は「うわ、ごめん。後は頼んだ」と言い残して姿を消してしまった。ただ気になるのは、相良さんが「私のせいで……」と呟いた事だった。


 とにかく、こうなったら相良さんにすべてを話さねばならないだろう。目が覚めた瑞星が瑞星でなかったとしても、彼女には協力してもらわねばならないのだから。


「相良さん。君にはぜんぶ話しておかなければならない。本当の彼女の事、天渡星焔の事、僕の事、事故の事。少し長くなるけれど、いいかな?」


「……はい」


 相良さんはこくりと頷いた。


 僕はそれを見ると、一つずつ、噛んで含めるように話しだした。


     ☆☆☆


 まず理解しておいてほしいのが、いま、僕達の目の前にいる女の子が星焔ではない事だ。彼女の本当の名前は天渡瑞星。星焔の妹だ。一個年下で、無表情で人を見下したような星焔とは対照的に明るい子だった。いつも笑顔で、男女関係なく接して、誰からも好かれていた。……こいつが最近明るかったのは、おそらく昔の記憶が戻り始めていたからなんだろう。笑顔が増えたし、表情も豊かになったよね。もちろん相良さんが良い影響を与えていた事も事実だ。


 きっと僕と星焔の仲が良かった事は相良さんも聞いていると思うけど、僕達の間にはいつも瑞星がいた。彼女も僕に好意を抱いていたらしい。僕が星焔に好きだと言えば、瑞星はその10倍僕に好きだと言った。瑞星が異常なわけじゃないと思う。裏表とか下心が無いから、臆面もなく好きだ好きだと言えたんだろうね。子犬が尻尾を振っているようなものさ。


 そんな僕達の仲は、まあ、表向きは良かった。いつもの三人組として周りには認識されていたけどね、裏ではすごかったよ……。瑞星は文字通り僕の腕にしがみついて絶対に離そうとしないんだ。なぜなのかは分からないけれど、ときおり星焔に厳しい目を向けたし、星焔もそれを分かっていて僕とスキンシップを図ったりした。面と向かっては言えないけどさ、瑞星にはちょっと苦手意識があるんだよね。


 だけど、その関係も中学生が終わると同時に破綻した。あの事故があったんだよ。


 事故の事は聞いていないと思う。あの日はね、僕が星焔と2人きりになりたいと言ったんだ。それで僕達は遊園地に行くことにして、瑞星は友達と遊ぶ約束をしていた。僕はそれで安心して星焔を連れて出かけたんだけど……それがよくなかったんだね。遊園地からの帰り道。偶然、僕達は鉢合わせてしまったんだよ。それだけなら良かったんだけど、瑞星は僕を見つけると駆け出した。


 そこへトラックが突っ込んできたんだ。


 よそ見運転だったそうだ。トラックはブレーキ音を響かせながら突っ込んでくる。その先には瑞星がいる。彼女は突然の事にビックリして動けないようだった。


 先に星焔が反応した。瑞星を助けようと走り出して、それで僕もやっと気がついて、星焔の後を追って走り出した。


 ああ、一応言っておくとひどい事故では無かったよ。人死ひとしにはでていない。ブレーキが間に合ったんだろうね、天渡星焔は生きているよ。……ただ、昏睡状態でね、今も病院で治療中なんだけど。


 星焔が瑞星を突き飛ばしてトラックと衝突した。僕はその星焔の体を抱えて一緒に吹っ飛んだ。まあ、そんな感じだ。


 ごめん。僕もあまり思い出したくないから簡潔に語らせてもらったけれど、でも、相良さんが気になるのはこの後だろう?


 なぜ僕が瑞星の事を天渡星焔と呼んでいるのか。


 なぜ僕が瑞星と付き合わないのか。


 なぜ僕が記憶喪失なんて嘘をつき続けたのか。


 それを知りたいんだろう?


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