3章

第34話 呼び出し


 12月6日は土曜日であった。僕は風邪を引いてずっと寝込んでいたが、学校を2日間も休めたと考えれば儲けものだろう。1日18時間くらい眠ったこともあってか目が覚めたら頭の中が清流で満たされたような清々しさだった。


「んーーーー、はぁ、よく寝た。もう朝か」


「おはよう。よく眠れたようだね。気分はどうかな?」


「すっかり良くなった。最高の気分だよ……幽霊さえ見えなければ」


「なるほど、極楽という事だね」


 背後を振り返るとうつ伏せになった七星がベッドに寝ていた。長い髪を扇状に垂らして妙に艶めかしい目で僕を見上げている。くの字に曲げた右足からのぞくふとももが生きているように輝いていた。


 幽霊の看病というのも皮肉な話ではあるが、お粥を食べさせてくれたり濡れタオルを変えてくれたり、生前は面倒見の良い人だったのだろうかと思わずにはいられないほどテキパキとした手際で七星は僕の看病をしてくれたのだ。普段の飄々とした様子はどこへやら。まるで人が変わったように世話をしてくれた七星に僕は感謝しかない。


「まあ、元気になったのなら何よりだ」


 ベッドから起き上がって「んーーーー」と伸びをした。ここ数日でずいぶん人間らしくなったものだと思う。


 僕は七星に言い含めるように口を開いた。


「僕はシャワーを浴びる。今日こそは大人しくしてろよ」


「んー、君の貧相な体など見飽きたらから今日こそは大人しくしておこうかと思っていたけど、そう言われたら見てやりたくなるね」


「あー言えばこー言う………言葉狩りばかりしていると友達無くすぞ?」


「死んでしまえば関係ないね。予備軍くん」


 相変わらず憎たらしい幽霊である。


 僕は肩をすくめて返事の代わりにするとタンスから服を取り出した。風邪を引いている間まともに風呂に入っていなかったから体がべたべたする。どうせまた七星は風呂場に侵入してくるだろう。と、僕がため息をついているとふいに電話が来た。


「あ、部長さん? 相良です」


「ああ、もしもし。どうしたの?」


 電話をかけてきたのは相良さんだった。珍しい。


「体調はどうですか。ほむら先輩も心配してましたよ」


「おかげさまですっかり良くなったよ。今日は部活は無かったよね。何の用?」


「快復祝いも兼ねてお出かけしませんか? ほむら先輩と3人で。まあ、そんなに遠出をするつもりもないので近場のショッピングモールに行くくらいですけど」


「いいよ。10時に駅前集合でいいかな」


「あ、ほむら先輩の家に集合でいいですか? ちょっとした準備があるので」


「分かった」


 そこで電話を切った。お出かけなんてずいぶん久しぶりだ。この間の歓迎会以来だろうか。


「という事だからついてくるなよ」


「はいはい。君たちの仲を邪魔するつもりはないよぅ」


 七星はなぜか僕と星焔の間に入りたがらない。フッと姿を消すと「楽しんでくるといい」という言葉だけを残してどこかへ行ってしまった。


「まったく……普段からあれくらい聞き分けが良ければな……。いやいや、とり憑かれている時点で異常なんだよ」


 ―――—記憶が戻ればすべて上手くいく。


 七星はそう言ったが、果たして本当に上手くいくのか?


 僕は不安だった。


     ☆☆☆


 ところが、星焔の家に行くと相良さんはいなかった。星焔だけが玄関先に立って、キョロキョロと辺りを見回している。僕はマフラーの中に首をすぼめた様子に不安を見て取ると、「よぅ」と大げさな声を出して挨拶した。


「わっ、浅葱くん。生きていたのね」


「お前までそんな事を言うのか。相良さんは?」


「来ないわ。急用だってさ」


 星焔は言いながら僕を家の中へと引っ張っていく。お出かけは取りやめという事だろうか。まあ僕としても病み上がりに人混みへ出かけるのは後ろめたいところがあったからありがたいけれど。


 星焔の部屋はよく片付いていた。不自然なくらいに物が無い。まるでこれから特別な儀式が執り行われるかのような緊張感が部屋に張りつめていた。


 中央のテーブルには一組のトランプがあった。


「これから、マジックをします。浅葱くんはこれを覚えているはず」


 後ろ手に星焔がドアを閉める。


 そう言った星焔の眉が怒っているように引き締められていた。


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