第30話 星焔の不安


「僕は君が好きだ」


 1日1回。多い時は4回から5回。彼はまっすぐな瞳でまっすぐな気持ちをぶつけてくる。子犬のように無垢な表情で、私の目を見つめて。


 いったい何を食べさせたらこんな男の子に育つのだろうというくらい純粋で儚くて、彼の周りだけ人の心を浄化する粒子が漂っているのではないかと疑わしくなるほどにキラキラしている。


 だから私はイジワルしたくなって「なんで?」と問い返すのだ。


「君はいつもイジワルだな。好きという気持ちに種も仕掛けもあるものか」


「あら、上手い事を言う」


「うるさい」


 私はイジワルしすぎてしまったのだろうか。いつもからかうような事ばかり言っていたから愛想をつかされたんだろうか。きっとそうだ。そうでなければ、あんな嘘を2年間もつき続けたりしないだろう。


「……ぐすん、やだよ。浅葱くんに嫌われたくないよ。いやだよぅ」


 鏡を見る。泣きはらしたひどい顔をしている。


 表情を作る練習ならたくさんした。笑顔の微妙なバリエーションだって思いのまま。………なのに、涙を止める方法が分からない。


 彼に嫌われたらどうしよう。そう思うたびに黒い雲が心の中でむくむくと湧き上がって雨を降らすのだ。


「……ダメだぁ。昔は我慢できたかもしれないけど、甘える事に慣れちゃったせいかなぁ。ぜんぜん止まらないよ」


 今の関係が居心地が良くて、浅葱くんに甘える事に慣れてしまって、弱くなってしまったんだと思う。甘えられていた昔ならいざしらず。今の私には真相を確かめる事も浅葱くんを諦める事も出来ない気がした。


「……こんな所にいたんですね」


「ゆあちゃん?」


「急に飛び出すからびっくりしましたよ……。ほむら先輩でも泣く事あるんですね」


 私はマジック部の部室にいた。一人になれるところを探そうと思ったけれどどこにも無くて、いくつか用意していた隠し通路を通って部室に戻ってきていたのだ。


 浅葱くんを驚かせるために用意したマジック用の通路。こんな所で役に立つとは思ってもいなかった。予想外の救いの手だった。


「……泣いてるのは、私もびっくりしてる。私ってこんなに弱虫だったんだね。怖くて逃げたくて怯えてばっかりで、浅葱くんにちゃんと聞かなきゃいけないのに、浅葱くんの口から聞くのがこわくて……こわくて……こわい」


 ああ、だめだ。また涙が出てきちゃった。声が震えてしまう。このまま体が砕けてしまったらどれだけ楽なんだろう。涙も枯れ切ってカラカラになった体が無くなってしまったなら、もう悲しむことも無いだろう。真実を知りたくない。浅葱くんと会いたくない。何もしたくない。このまま消えてなくなりたい。


 涙を止める事ができない気がした。このままふさぎ込んで誰の言葉も届かなくなって一人で泣き続けるんだ。ゆあちゃんにも呆れられて浅葱くんにも愛想を尽かされて一人ぼっちになるんだ。そう思った。


 そんな臆病ものの私なのに、なんでなんだろう? ゆあちゃんは優しく抱きしめてくれた。


「臆病なんかじゃないですよ。先輩が怖いのはきっと本当に部長さんが好きだからです。嫌われたらどうしようとか、振られたらどうしようとか、逃げたくなるのとか、恋をしてるからそう思うんです。恋をしてると弱くなっちゃうんです。人って」


 ゆあちゃんはそう言って背中を撫でてくれた。


「そう……なのかな。でも、弱い私なんて、浅葱くんは好きじゃないと思う」


「もしそんな事を言われたら私が部長さんを斬ります。カードの端っこで、えいって」


「血が出ちゃうよ!」


 ゆあちゃんが浅葱くんを斬ってるところを想像して慌てていると、ふふ、って笑い声が聞こえた。


「ねえ、ほむら先輩。部長さんとの話を聞いてもいいですか? 私、とっても興味があります」


 本当に興味があるんだろうか? とても優しい笑顔で抱きしめてくれるけど、きっと私を落ち着かせるために聞いてくれたんだろう。


 優しい後輩に出会えてよかった。


 私は、浅葱くんとの出会いから今に至るまで、事故のところは飛ばして、ぽつりぽつりと語り始める。




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