第29話 星焔と夕空


 浅葱くんが学校を休んだ。なんでもかなりひどい風邪なのだそうだ。私はすぐにでもお見舞いに行きたいと思ったけれど誰も許してくれなかった。先生にダメと言われ、ゆあちゃんにも引き留められて、拗ねた。


「なんでみんなして私の邪魔をするかなぁ。ただ浅葱くんのお見舞いに行きたいだけなんだけど」


「いやいや、ひどい風邪ならあんまり刺激しないほうがいいですよ。最近ずっと辛そうだったし、そっとしておいた方が……」


 みんなは私の事を何だと思っているのだろう? まさか私が病床の浅葱くんを押し倒すとでも思っているのだろうか? ふざけないでほしい。


「いくら好きだと言っても気持ちの押し付けは良くないですよ」


「そんな事しないよ! 私はただ浅葱くんが心配なだけです。病人に手を出すほど焦ってはいませんから」


「でも、ほむら先輩っていつでも部長さんを狙ってるじゃないですか」


「そりゃあ早く約束を果たしたいから……」


「初めてのマジックを思い出すっていうアレですか」


 私は頷いた。


「その約束、やっぱりおかしいと思うんですよね。記憶が無い人が本当にそんな事を言い出すんでしょうか?」


 ゆあちゃんは人差し指を立てて私に詰め寄った。どこがおかしいのだろうか。浅葱くんとベッドの上で交わした約束。とても大切な約束だ。


「約束だって言ったのは私の方だよ」


「だとしても、その約束ってほむら先輩がマジックが得意で、なおかつ部長さんと親しい仲であるという前提があって初めて成り立つ約束ではないですか? あのガードにガードを重ねたような部長さんがほいほいと信じるはずがないと思うんですけど」


「……………」


 あんまりな言い草だけど、私は否定できなかった。浅葱くんからしたら私は初めて会った人のはずなんだ。それなのにすんなり受け入れたのはなんでなんだろう? ゆあちゃんの言うとおり浅葱くんには記憶があるという事だろうか。……私の勢いに負けてその場しのぎで言った可能性もあるけど、あ、それも否定できないな。


 私は思い出してみた。


 全身包帯まみれの浅葱くんに私は駆け寄った。浅葱くんはギョッとした顔をしていた。


「ねえ、大丈夫!? 私の事が分かる!? ねえ!」


「え!? き、君は?」


「星焔だよ! あなたの彼女の天渡星焔! もしかして忘れちゃったの!?」


「いや、えっと………君が、星焔?」


「そうだよ! ああ、もしかして記憶喪失!? そんな、なんで……浅葱くん、思い出せないの!?」


 ………その場しのぎで言った可能性の方が高いかも。あのときの私はとても焦っていたから。浅葱くんが車に轢かれるのを目の前で見て平常心でいられる訳がなくて、看護師さんに止められるまで騒ぎ続けたんだったっけ。


 浅葱くんは怪我の割には平気そうだったけれど、記憶が無いせいか終始不審がっていた。


 そんな事を思い出して顔を赤くしている私に、ゆあちゃんは「確かめよう」と言った。でも、私はそんな事したくない。


「確かめましょう。部長さんの記憶が本当に無いのかどうか。記憶があるならなんで約束なんて遠まわしなことを言い出したのか。私、ほむら先輩が振り回されてるのが許せません!」


 確かめてどうするんだろう。


 ゆあちゃんは浅葱くんが嘘を吐いていたと知ってどうするつもりなんだろう。


 私は浅葱くんに嘘を吐かれていたと知ったらどうなっちゃうんだろう。


「怖い……」


「先輩?」


「私、怖いよ。だって、ずっと嘘を吐かれていたってことでしょ。ずっと避けられてたってことだよね」


「それは………」


「知りたくない。そんなの知りたくないよ!」


 私は部室を飛び出した。


 なにしてるんだろう、私。これじゃあ面倒くさい女の人そのまんまだ。


 ゆあちゃんの言っている事は正しいのに。ちゃんと確かめなくちゃいけないのに。逃げてばっかりだ。


 結局、2日間とも浅葱くんのお見舞いにはいかなかった。


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