第25話 テレパシーマジック 1


 手を握ってと星焔が言うので、とうぜん断ったのであった。


「マジック。マジックです。他意なんてありません。本当にマジックなんです」


「何を焦ってるのか知らんが、その慌てようは下心があるようにしか見えんぞ」


「あわわわわわ慌ててなんかないよ? 別にゆあちゃんに教えてもらった事を実践しようなんて考えてないよ?」


「本当は?」


「ありました。下心ありました。あわよくば恋人繋ぎをしたいと考えていました」


 それは特別寒さの厳しい日であった。半分物置きのマジック部に暖房があるわけもなく、せっかく広くなったにも関わらず僕と星焔はソファでくっついて過ごしていた。相良さんは急用で休むという事だった。


「でもでも、マジックなのは本当だよ。私、テレパシーが使えるんです」


 雪が降らずとも冬は寒い。室温10度を下回る寒冷地にあって思考がおかしくなるのは至極もっともであろう。


「風邪を引いたなら素直にそう言え。別に早退したって構わんのだぞ」


「ぜんぜん元気だよ!?」


「いやいや一度帰った方がいい。君は正気を失っている」


「いたって平常心です! そうやって無理やり帰そうとしてもダメだからね!?」


「ばれたか」


 星焔のマジックが驚嘆すべきものである事は認めているがテレパシーはやり過ぎだ。いわゆる相手の思考を読むとか考えている事を口に出さずに伝えるとかいう超能力の事であるが、いくら星焔だろうと漫画のキャラクターではないのだから無理に決まっている。無理なことは無理とハッキリ伝えてやるのが友達の役目というもの。


 それに、マジック以上に厄介な計画が彼女たちにはあったのだ。


「ただ手を繋ごうって話じゃん~。なんで手も繋いでくれないの?」


 星焔はどうしても手を繋ぎたいようである。懇願するように瞳を潤ませるがそれだけは許可するわけにいかない。


 それは、僕が部室に訪れる前の話である。


     ☆☆☆


 部室には星焔と相良さんがいた。急用とは何だったのか。彼女が星焔にガッツリ入れ知恵をしている際中に僕は出くわしたのだ。


 僕は戸口に隠れて2人の会話を聞いていた。


「ほむら先輩はタッチセラピー療法というのをご存知ですか? 人と触れ合うとオキシトシンという愛情ホルモンが分泌されて、安心感を与えたりリラックスさせてくれるらしいんですよ」


「分からないなぁ。それが浅葱くんのためになるの?」


「なりますとも。人って誰かに触れた時に安心したり愛情を感じたりするらしいんです。だからほむら先輩が部長さんにいっぱい触れば……」


「身も心も私の物ってわけね!」


 ―――――それは違う! と思わず突っ込みそうになったが我慢だ僕。


「そうですよ! 私はほむら先輩たちが2人っきりになれる状況を作りますから、そこで部長さんをとりこにしちゃってください!」


 相良さんが目をキラキラさせて言う。なぜ女子は他人の色恋に首を突っ込みたがるのだろうか。自分の恋じゃないからだろうか。行く末を見たいという想いが当人よりも積極的にさせるのだろうと僕は考えた。


「面白そうな事をしているねぇ。私も手伝おうか」


「七星……何をしにきた」


 部室で星焔と相良さんが良からぬことを企んでいた時、僕は七星に絡まれていた。


「いやねぇ、こんな楽しそうな事を聞いたら出てこずにはいられないよ」


 やけに楽しそうである。幽霊も他人の色恋に興味があるのだろうか。とてもそうには見えないけれど……。


「君の場合はかき乱すのが好きなんだと思ったが意外だな」


「もちろんかき乱してやるとも。君の慌てる顔は面白いからね」


「やっぱりそっちか」


「それ以外にあるかい?」


 七星はニヤリと笑った。


「タッチセラピー療法ね。かっこうの口実じゃないか」


「なんの」


「彼女たちには面白い考えがあるようだ。君はそれに従うといい。そうすれば、私がもっと面白くしてやるから」


「目も当てられなくする、の間違いじゃないか?」


「いいから協力してやれ。君にとっても利があるようにするから」


「はあ…………」


     ☆☆☆


 というわけで、手を繋ぐわけにはいかないのだ。


 七星の言う『面白くする』はろくでもない事に決まっている。幽霊らしく突然姿を現して星焔を驚かせたりとか、足を掴んで僕を逃げられなくさせるとか、おおよそそんなところであろう。


 星焔はたしかホラー系のゲームや映画が苦手だったはずだ。いつの事だったか、一緒に話題のホラー映画を見に行った時などはトイレに行けないと言って夜遅くに電話をかけてきたくらいである。僕は『面白くする』という言葉の意味を手を繋いでから面白くするのだと解釈していたが、もしかしたら手を繋がせるために『面白くする』のかもしれない。そう考えたら素直にマジックに付き合ったほうが安全だろう。


 僕は大人しく星焔の両手を取った。「まだ……準備できていないから」と言われたので離した。


「じゃあ、えっと、ここに3枚のカードと水が入った器があります。3枚のカードが白紙であることは分かりますね? このうちの1枚を水に浮かべて……はい、浮かびました。これで準備完了です。今から浅葱くんには図形を思い浮かべてもらいます。星、四角形、ハート。どれでも構いません。浅葱くんが思い浮かべた図形がこの手を通して私に伝わります。そして、私がカードに触れた時、不思議な力で図形がカードに浮かび上がるんです」


 星焔が用意したのはガラスのボウルであった。料理には適さないであろう分厚いボウルになみなみと注がれた水。そのうえに白い無地のカードが浮いている。


 星焔は僕の手を取った。


「いいですか? 星、四角形、ハート。このいずれかの図形です。それ以外の図形でも……例えば、言葉でも、浮かべる事はできるんですけど、それにはまず浅葱くんが

テレパシーに慣れる必要がありますから」


 繋ぐ手の形は密着していればいるほど鮮明に伝わるという事だったので指を絡ませて手を繋いだ。いわゆる恋人繋ぎである。


「それで、図形を思い浮かべればいいのか?」


 両手を繋いでいるのにどうやってトリックを実行するのだろうか。僕はふと疑問に思った。


「……はい。いまから浅葱くんの思い浮かべた図形を私がテレパシーで汲み取りますから」


「なるほど。そういうターンか」


 仄かに頬を赤らめて星焔が頷いた。どう見てもマジック以外の理由で手を繋いでいるとしか思えないが、今は無視だ。七星が余計なちゃちゃを入れる前にマジックを終わらせるが吉であろう。


 僕は星の図形を思い浮かべた。


 星……星……と、もっともポピュラーな星型を強く念じる。これでいいのだろうか?


「星焔……これでいいのか」


「しっ、喋らないで。集中して」


「……ごめん」


「……大丈夫。分かりました」


 手を離してと言うので大人しく手を離す。


「分かったって?」


「浅葱くんが選んだ図形です。いま、私の頭の中には浅葱くんが思い描いた図形がそっくりそのまま浮かんでいます」


「なんだって?」


 僕は驚いた。


 こんな事で僕が思い浮かべた図形が分かると言うのか?


 そしてそれを白紙のカードに触れただけで浮かび上がらせるというのか?


「いまから浅葱くんが選んだ図形をカードに描きます。手は使いません。描くためには、ただ、念じるだけでいい」


「カードに触りすらしない……?」


「ええ」


 僕は終始疑問だったが、星焔がボウルに手を添えて二言三言唱えると、本当に星の図形が浮かび上がったではないか。


「これで、あってる?」


 僕は頷くことしかできなかった。


「……そう、でもこれはあくまでも練習です。カードはまだまだありますから、もっと練習しましょうか」


「そうやってべたべた触れ合うつもりだな……?」


 僕は逃げ出したくなった。しかし、逃げれば七星が待っている。きっと逃げなければよかったと後悔する未来が待っているに違いないのだ。


「いまさら気づいても遅いよ?」


 カードをバラバラと弄びながら星焔が言う。袋のネズミとはさまにこの事であった。






 

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