第24話 トランプ当て対決


 昼休みの事であった。


「対決しよーよ。2枚あるトランプの中から番号の大きいほうを選んだら浅葱くんの勝ちで、小さい方を選んだら私の勝ちっていう、シンプルなやつ」と、星焔がトランプを机に裏返して置きながら言った。


「……しない。どうせ不正をしてるんだろう」


「どんな不正をするっていうのよ。あ、ちなみに、負けた人は勝った人にジュースおごりね」


「……それくらいならいいだろう。それくらいならな」


「決まりだね」


 とはいえ、カードマジックのトリックなんて山ほどある。フォールスシャッフルやセカンドディールやインジョグ、アウトジョグ、とてつもなく高難度なトリックを組み合わせたアードネス・シャッフルなんて技もある。


 星焔はカードをシャッフルするところからやって見せたけれど、それはつまり彼女がトリックを仕込む機会を与えたという事に他ならない。


「さあ、大きい数字はどっちかしら?」


 机の上に裏返された2枚のトランプ。不利な要素をすべて引っ被ったうえで星焔の土俵で戦うのは気が進まないが、ジュースをおごるだけなら変にくっつかれることも無いだろう。僕はどうにも彼女が苦手だ。


「トランプが重なっている様子は無い。手の中にも……持っていないな」


「持ってるわけないでしょ。これは純粋な運試しなんだから」


 イカサマをするつもりが無いことをアピールするためか、星焔は袖の中までめくって僕に見せた。ここまで素直だと逆に怪しいが……とはいえ、ポケットに手を入れて確かめろと言われないだけましだろうか。ちらりと星焔の表情を見ると真剣な表情をしていた。


「わかった。じゃあ、こっちだ!」


 僕は右のカードを選んだ。すばやくカードを表にして、同時に左のカードも表にする。星焔にイカサマをする隙を与えない。それが功を奏したのか、右が10。左が6であった。


 僕が選んだのは右のカード。つまり、僕の選んだカードの方が大きいというわけだ。


「なるほど、ということはやっぱり私の勝ちだね」


「あん? 僕の選んだカードの方が大きいだろうが」


「それはどうかな」


 ところが星焔はニコリと笑うと6のカードを縦に持ち、カードの底でこんこんと机を叩き始めたではないか。こんな状況で何をしようと言うのか? あるいは、これからがマジックの本番なのだろうか。


「本当に浅葱くんの勝ちなのか。よく見ててくださいね」


 不敵な笑みを浮かべて口の端を吊り上げる。決して目を離すなと言っているようでもあった。


「まさか僕の見ている前でカードをすり替えようってか? いや、そんなことできるわけな………」


「はい。このカードの値は?」


「………………キングだ」


 僕は目を疑った。本番は一瞬で終わった。さっきまで6だったカードが机を叩いた瞬間にすり替わってしまったのである。


「つまりは誰の勝ちでしょうか?」


 勝ち誇ったように笑い、指で挟んだカードを振って弄ぶ星焔。何度見てもその値はキングである。しかし、振るたびに6とキングにイラストが移り変わっていった。


「………イカサマを見抜けなかった、僕の負けだ」


 星焔はカードの背面を持っていた。カードの絵柄は丸見えだった。それなのに………。


     ☆☆☆


「なぜ見抜けなかったんだ。あんなの、市販のマジックグッズじゃないか……」


「ふふん。最小の仕掛けで最大の効果を得る。それが私の流儀だよ」


 つまりは、錯視と蛇腹を使ったトリックである。あらかじめ二種類のイラストが印刷されたカードが用意してあり、カードを振る事で蛇腹の目が変わり、見た目が変わるというマジックグッズであった。


 僕達は中庭にある自動販売機にやってきた。よその自販機と比べて割安で利用できるとあって多くの学生が利用している。品揃えも学生向けで、炭酸飲料や甘いお菓子のような飲み物が多く揃っている。もっともお汁粉濃厚チーズ風味とか飲むチョコレートフォンデュのような罰ゲーム用飲料も豊富であったが。


「なににしようかな~。カフェオレイチゴミルク味。ロイヤルミルクティー。イチゴオレ。ミックスジュース。迷うな~~」


「甘いのばっかりか」


「負けた人が何か言ってますなぁ」


「ぐっ………」


 昼休みの中庭はけっこう人がいるものだ。お弁当を食べに来た仲良しグループや移動売店から帰る途中の学生たち。B棟に午後の教材を運ぶ教師の姿もある。いろんな人が行きかう中庭には活気がある。校内でも数多の人とすれ違うが、外で見る人混みは不思議と新鮮さが感じられた。


 星焔は、これ! と少し背伸びして果肉入りジュースを選んだ。オレンジの美味しそうなやつである。


 B棟への連絡通路に沿うように設置された自動販売機。


 ガコンガコンと音を立ててペットボトルが落ちる。星焔はそれを拾うと、はい、と言って僕に差し出したではないか。


「疲れた時には甘いものだよ。コーラなんか飲んでないでこっちにしなさい」


「お前……」


「寝不足で辛そうだもん。オレンジならビタミンCもあるでしょ。ほらほら、コーラは私がもらいます」


「あ、おい! 飲みかけだぞ!」


 星焔はパッとコーラを奪い取ると一息に飲み干した。さっき僕が買ったコーラである。一口だけ飲んだヤツである。間接キスである。


 しかし、僕の知っている限りでは星焔は炭酸が苦手だったはずである。喉が痛くなるから嫌いだと言っていたのに、なぜ無理してまで僕のコーラ(飲みかけ)を奪ったのだろうか。


「……けほっ けほっ。なんで何も相談しないのかな。眠れないなら一緒に寝てあげるよ。私が浅葱くんの怖い夢を消してあげる。私は天才マジシャンなの。浅葱くんを眠らせない悪い夢なんて見せないから」


「…………………」


「浅葱くんは思い出せないかもしれないけれど、私は浅葱くんの彼女なんだからね。甘えるだけじゃない。支える人なの。………頼りないかもしれないけどさ、私でも、浅葱くんの力になれるんだよ」


 どこか不機嫌そうな様子があるのは気のせいだろうか?


 あの歓迎会以降、やたらと彼女であると口にするようになった。相良さんと何かあったのだろう。表情が柔らかくなってスキンシップが多くなった気がする。


 目じりに涙を浮かべて頬を赤く染めた星焔は泣いているようにも見える。が、炭酸でむせただけなのだろう。そうと分かっていても、僕は星焔の眼差しに衝撃を覚えずにはいられなかった。


「………ありがとう」


 そのとき昼休み終了のチャイムが鳴った。


 僕は慌ててきびすを返すと星焔を置き去りにして走り出した。「まずい! 遅刻する!」


「あ、ちょっと待ってよ!」


「次の先生は袴田はかまだだぞ! 待てるわけないだろ!」


 薄情者~~~! と少し後ろから星焔が追いかけてくるが無視だ。


 彼女の泣き顔がよほど衝撃的だったらしい。僕は星焔の顔をまともに見る事ができなかった。


 彼女の選んだジュースは、特別甘いように感じられた。


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