2章
第23話 あの日の夢
その日は特別な日になるはずだった。
天渡星焔と付き合う事になった次の日。僕は彼女に呼び出されてデートなるものをしていた。遊園地でマジックショーがあるというのである。星焔はそれをやたらと見たがった。
「君はいつでもマジックの事ばかりだな」
「好きなんだからしょうがないでしょ?」
「まぁ、僕のせいでもあるか」
「浅葱くんのおかげで、ね」
まだ僕達が中学生だったころの話である。お金が無い僕達は互いのお小遣いを出し合ってバスに乗り、近所の小さな遊園地へと向かったのだった。
あの日、もし僕が道路側に立っていなかったら。
あの日、もし僕が先にトラックの暴走に気づいていたら。
あの日、もし僕達が遊園地に行かなかったら。
あの日、もし僕達がデートをしていなかったら。
僕はいつも考えてしまう。たくさんの『もしも』が頭を巡って、別の世界線を想像せずにはいられない。
あの日のいくつもの『もしも』がいくつもの世界を創った。けれど、現実には……
交通事故だった。
逃れられなかったのかもしれない。あるいは、自ら引き起こしてしまったのかもしれない。
赤く光った信号機。トラックがブレーキ音を響かせながら突っ込んできたのだった。
そうして、彼女が走り出したのである。
☆☆☆
「ほむらぁぁぁあああ! ………あ、はあ……夢か」
自分の声で目が覚める。もう、何度目の事だろうか。
じっとりと汗ばむ額を拭う。冬の額は冷たいのに、深海から上がってきた化け物のように水浸しであった。
激しいクラクションとゴムの焼けた臭いが、夢の中から抜け出たように鼻に残っている。
「なんでこんな夢を見るんだ。最近になって、急に………」
寝覚めが悪いせいか体が重い。ベッドから起き上がるのに一度頭をもたげなければ立ち上がれないくらいだった。
もうずっとこの調子だ。もうずっと前から星焔が
まるで、何かにとり憑かれているみたいだった。
「まあ、憑かれているよね。実際に」
「……とうとう家に出るようになったな」
「はろーはろー、こちら七星。応答せよ、応答せよ」
原因は分かっていた。七星戯曲が家に居ついてしまったのだ。勉強机に腰かけて足を組んでいる。こいつが悪夢を見せているのだ。
「お前はなんだって僕にとり憑くんだ。というか、なんで平然と僕の目の前にいるんだ。幽霊ってのはもっと闇夜に紛れるから怖いんだろ。君は幽霊としての自覚が無いのか?」
「そんなことを言われてもねえ。私は、私がここにあると認識しているから存在しているだけだよ。つまり私は『私を疑う私』という存在しか認識できないわけだ」
「……難しいことを言う。君は哲学者か何かか?」
「顔色の悪い所なんかは君の方がぽいけどな」
ただでさえ体調が悪いのに、七星と話なんかしたら生気まで吸い取られる気がする。「……はあ、意思疎通を試みた僕が馬鹿だった」
そもそも彼女が正体を隠す事は分かり切っていたではないか。幽霊だ幽霊だと言っているのは彼女のみ。そうして肝心なところはすべてとぼけるのである。このまま会話を続けても時間をどぶに捨てて終わるに違いない。
「僕は学校へ行く。こんな事に費やす時間など僕は持っていないのだ」
「おや、そうかい。ドアに気を付けるんだよ」
「あん? また訳の分からない事を」
やけに素直に解放するな……と思ったが、しかし、ドアに手をかけた次の瞬間である。彼女が僕をからかわなかった理由がすぐに分かった。
「電話に出ないなんて何かあったの浅葱くん!?」
ばぁん、と勢いよくドアが開いて、突入してきたのは星焔であった。鼻をしたたかに打った。気を付けろとはこの事だったらしい。
「いってぇ! 何だよ!」
「あ、浅葱くん! 大丈夫!? 痛い所ない!?」
「さっきまで痛い所は無かったんだけどな……」
「あぅ……ごめん。って、それより! 遅刻だよ遅刻! このままだと遅刻するよー!」
「……はぁ? 僕はさっき起きたばかりで………」
額をさすりながら時計に目をやる。「……うそだろ。あと10分しかない」
「一緒に学校にいこーって伝えたくて電話かけたのにぜんぜん出ないから心配したんだよ。なんか、最近よく浅葱くんがうなされてるって聞いてたから」
そう言いながら星焔が僕の寝間着に手をかける。いつもなら
星焔にしては珍しく下心なしに世話を焼いているという驚きもあっただろう。
「私ならそんな男、放っておくけどねぇ」
―――甲斐甲斐しいやつだ。と、七星が呆れたように肩をすくめた。
「うるさいぞ元凶」
「はいはい、お邪魔虫は消えてあげるかねぇ」
「………………………」
七星は軽く手を振って光に溶けていく。
「浅葱くん、誰と話しているの?」
星焔が不思議そうに僕を見る。
「……別に、ただ寝ぼけてただけだよ」
「ふぅん……なんだかぼーっとしてるようだけど、大丈夫? 学校行ける?」
幽霊というよりは
「……人がいる所の方が、まだ安全かもな」
「体調悪い人を襲ったりしませんから」
「お前のことじゃあない」
制服のワイシャツを羽織りながらため息をついた。
まったく、星焔が優しい事だけが唯一の救いだった。
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