第22話 マジック部の歓迎会 2


 僕はあのわさびたっぷりたこ焼きで腹を下した。歓迎会は進み星焔がマジックを披露している最中だったが僕はチョコやチーズやわさびでおかしくなった腹部を押さえてトイレに立った。


「大丈夫? 浅葱くん、辛かったらいつでも言ってね」


「だいたいお前のせいだ………ぐっ」


 カフェのトイレは土地の都合で2階に設置されている。僕の肩幅くらいの狭い階段を上り、用を足す。


 その帰り道であった。


「よう、首尾はどうだい。上手くいってるかい?」


 天渡蓮治氏が片手をあげて階段に立っていた。


     ☆☆☆


 以下は僕がいない間の星焔たちの会話である。


「浅葱くん遅いな~~。やりすぎちゃったかな」


「そんなことよりほむら先輩。それって部長さんとお揃いですよね!」


「ん? そうだよ」


「やっぱり! だってすっごく可愛いんですもん。お似合いのカップルって感じでとっても素敵です!」


「えへへ、そう? 浅葱くんの服も私が選んだんだよ」


 星焔がはにかんだ表情でスカートを広げてみせる。星焔はジャケットに合わせてシャツも買ったのだった。薄いベージュ色のシャツである(罪悪感もありお金は僕が払った)。それを褒めてほしそうに相良さんに見せている。


「もう……もうそんなの付き合ってるじゃないですか! 部長さんがいかないなら私がほむら先輩の彼女に……!」


「だーーめ。もう浅葱くんという先約があるんですー。だからゆあちゃんとは付き合えないかなぁ」


「……先約? 部長さんとは付き合う約束があるってことですか? でも付き合っていない?」


 相良さんは不思議そうに首をかしげる。告白と先約という言葉が結びつかないのだろう。付き合ってもいいから先約ができるのであって、先約ができるのならそのまま付き合えばいいのだから。その2つの言葉はどうにも矛盾しているのである。なぜかような紆余うよ曲折を演じるのか。星焔がぽつぽつと語りだした。



「………『約束』なんだ。私が初めて披露したマジックを思い出す。それが付き合うための『約束』。浅葱くん、交通事故で記憶を失っちゃってからは私の事も分からなくなったみたいで、……付き合って、次の日だった…………。初めの頃は何を言っても信じてくれなかったんだ。そのうえ、最近は記憶がない状態に慣れちゃったみたいで、ぜ~んぜん思い出そうともしないのね。でも、マジックだけはいつでも喜んでくれるから。だから、少しでも浅葱くんのためになるならと思ってたくさんマジックを披露しているんだ。一緒に過ごす時間が長かったら、彼女らしい事をしたら思い出すかなって思ってたくさん……その、甘えちゃったりして、えへへ、ちょっと恥ずかしいんだけどね。でも、浅葱くんが好きだから頑張れる! 浅葱くんがいなかったら、私はマジックに出会わなかっただろうし、もっと暗い性格になってたと思うから」



「………………だから、いつも一緒にいるんですか?」


「うん。あ、ぜんぜん辛いとかは無いよ!? 前の浅葱くんはワンちゃんみたいに可愛かったけど、今の浅葱くんはネコちゃんみたいで好きだし、むしろ新鮮で……これもありだなって思ってたり……して。だから、『約束』が果たされなくてもいいのになって、思う時もある。………あはは、身勝手だよね」


「………………………」


 相良さんは無言で抱きしめた。


「ゆあちゃん?」と、驚く星焔に構わず相良さんは励ますように言った。


「先輩、可愛すぎます。先輩が可愛すぎます。なんでそんなに可愛いんですか! こんなに可愛い先輩を待たせといて……部長さんったら何やってるんですか!」


「浅葱くんは悪くないよ~。だから責めないであげて。一番辛いのは、記憶が無い浅葱くんなんだから」


「……………それは、別の話じゃ」


 それにね、と、相良さんを離して星焔は笑う。「お医者さんの話だと記憶は一本の木みたいになってて、どこかの枝が揺れたら他の枝も連動して揺れるんだって。だけどこの前、少しだけ浅葱くんが記憶戻ったの。きっと、ぜんぶの記憶が戻るのもすぐだよ!」


 きっと僕に心が読めたらなら相良さんはこの時「この人はなんて健気なんだろう」と思った事だろう。星焔の笑顔に目を見開いて、口元をわなわなさせる。


「先輩!」


 相良さんは星焔の両手を取って上下に振った。


「先輩………私、応援してます! 先輩の恋、ぜったい叶えましょうね!」


「ゆあちゃん~~~。うんっ 絶対叶える!」


 僕がいない間に女子の間で何やら結束が固まったようだった。


 これが僕達の『約束』の全容である。


『星焔の初めてのマジックを思い出す事』


 どうしてこんな約束を交わしてしまったのだろうかと思う。星焔のマジックを思い出す事に意味なんてない。


 僕が立ち止まっている事を正当化するためなのではないのかと思う事さえある。


 本当は心の中では分かっていたのかもしれない。


「彼女の事を、くれぐれも頼んだよ」


 天渡蓮治氏は僕の肩を叩くと去って行った。


「……記憶を、取り戻せるでしょうか」


 誰に言うわけでも返事を期待したわけでも無い。ただ、自分に言い聞かせたかったのだろう。


「さあ、それは君にかかってるんじゃないかな」


「……………………」


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