第21話 マジック部の歓迎会 1
駅まで相良さんを迎えに行くと、構内のベンチに座って困ったように髪を撫でる彼女の姿があった。緊張しているらしい。ポニーテールの先をクルクルと指に巻き付けてはほどいて、また巻き付けていた。待ち合わせの時間まではまだ10分ほどあったがそれよりも早くに着いていたのだろう。そばには半分ほど空いたペットボトルがあった。
「ゆあちゃ~~~~ん!」
星焔の声に反応してパッと相良さんが顔をあげた。そのまま弾かれるように立ち上がると、子犬のような笑顔を振りまいて僕達に向かって駆け寄る。
「ほむらせんぱ~~~~~い! ……と、部長さん。お早いですね!」
「僕はおまけか? ……まあいいけど、待たせて悪いな」
「いえ、今来たところですので気にしないでください!」
片手を挙げて軽く挨拶をする。その僕に向かって勢いよく頭を下げる相良さんのポニーテールが額を直撃した。まるで古代の投石器のように綺麗な射出角度で発射された髪の毛は等速直線運動を保ったまま僕の額を打ち抜ける。
「……………………」
「ぎゃあ! ごめんなさい!」
女性向けシャンプーの良い匂いがふわりと漂った。
カフェ『スキア』に着くころには日も暮れていた。
☆☆☆
コンビニと商業ビルの間の狭い路地を抜けると、室外機と外付けの排気ダクトで入り組んだ狭い裏路地に入る。ここからさらに一度住宅街へ抜け、商店街からまた裏路地へ抜けるのである。相良さんはときおり顔をしかめながらも黙って僕達の後をついて歩いた。
「……本当にこんなところにほむら先輩のバイト先があるんですか?」
尊敬している先輩が社会の袋小路のような錆びれた場所で働いている事が信じられないのだろう。できれば嘘であれ、と言いたげであったが、残念ながらもう目の前に鎮座
「ここだよ」と星焔が自慢気に。
「ここだね……」僕は哀れみを込めて言った。
「ここなんですか…………?」
相良さんが困惑した目で地下に続く階段を見下ろす。光も届かぬ海の底のような暗さに驚いているのだろう。カフェ『スキア』は冥界へ続くかのような深い階段の底にランタン一つ提げて
「………不安です」
ところが、ガランガランとドアを開けたとたんに相良さんの態度が一変した。聞けば大正風の内装がドストライクなのだという。
「か、かっこいい……めっちゃくちゃかっこいい! 私、こういう穴場的なカフェをめぐるのが好きなんですよ! うわぁー、なんでもっと早く来なかったんだろう」
キラキラおめめでランタンや観葉植物を眺めて回り、剥きだしの無骨な柱を褒めそやす。
気に入ってくれてよかったと星焔がニコニコ顔で席に案内し、藤波さんが食材を運んでくれた。相良さんがプレートに流れる生地に目を輝かせていた。僕は受け取った食材を並べる係に選ばれた。
タコパは順調と言って良かった。食材だけがめちゃくちゃだったが、彼女たちなりの楽しみ方できゃいきゃい楽しんでいるようだ。
「相良さん問題です。このたこ焼きにはチーズが入っているでしょうか。それともチョコが入っているでしょうか」
「え……ちょっ……たこ焼きが宙を待ってるんですけど!?」
「これくらい見分けられないとマジシャン失格よ」
「難しすぎます!」
まともな具材が入っていないたこ焼きを星焔が千枚通しで宙に放っていく。それはサーカスのジャグリングのように綺麗な放物線を描き、くぼみからくぼみへすっぽり移動する。その宙に飛び出したたこ焼きの一つを星焔が貫いて相良さんに食べさせた。
「う………ぎゃああ! 甘い! これ、チョコはチョコでもホワイトチョコ!?」
「あっはは! 正解!」
相変わらず器用すぎる手である。生焼けのたこ焼きを崩さないように放り投げるには繊細な力加減が必要なのだと思うが星焔は難なくこなすのである。
「どうやってんだ、それ」
同じことをやってみようと放り投げると、見事に潰れた。
「下手だな~~浅葱くんは」
終始口角が上がりっぱなしの星焔が今度は僕に同じ問題を出した。
「イヤだ……お前の性格的にこれはわさびだ。絶対に食べない」
「あら、違うよ。チョコかチーズ。そのどっちかだよ」
「嘘だ! そのニヤケ顔はぜったいに嘘だ!」
「私だけ地獄を見るなんて許せません。部長さんにも味わっていただきますよ!」
相良さんが僕の隣に回り込んで壁際に追い詰めた。
「部長さん。自分で具材を入れてましたもんね。ほむら先輩の手元もよく見てた。だから答えられるはずですよ」
ズイと眉間に黒い影を落としながら距離を詰める。その右隣からはテーブルを挟んで伸びてくる星焔の手。万事休すである。
「浅葱くん、あ~~~ん、して?」
「部長さん? 逃げられるとでも思ってるんですか?」
「や、やめろ星焔……相良さん………、う、うわああ」
―――――ああああああああ!
それは星焔がこっそり作ったわさびたっぷりの特製たこ焼きであった。一噛みごとに溢れ出る辛さがツーンと刺激する。鼻を抜ける痛みに僕は涙を浮かべた。
こうして夜が更けていった。
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