第20話 早着替えマジック


「浅葱くん、店番ご苦労様ー」


 星焔が大きな箱を抱えて戻ってきた。筆のような書体ででっかくたこ焼きと書かれた外箱を両手で抱き上げてフラフラと店内に入ってくる。慌てて箱を受け取るとズシリと沈み込むような重さであった。星焔の肩から上を覆い隠してしまうような本格的なタコ焼き機。いつの間に用意したのか知らないけれど新品のようだった。


「もー叔父さんったらすんごい所に仕舞っちゃってるんだから、やんなっちゃうなあ」


「お得意のマジックで瞬間移動させれば良かったじゃないか。3、2、1、ほいって」


「魔法使いじゃないんだから無理」


 星焔はやれやれと深い息を吐いて肩をすくめる。華奢きゃしゃな見た目に反して体力はあるらしい。


「こんなデカいのでやるのか? 3人でやるならもっと小さくても良いだろうに」


「な~んか叔父さんが当てたんだってさ」


「ふぅん」


 ともかくこれでタコパの準備が整ってしまった。時刻は午後3時。歓迎会をやるにはまだ早い。


「さ、これであとは自由時間だね」


「……このタコ焼き機はちゃんと使えるのか?」


「浅葱くん? 時間を稼ごうとしても無駄だよ?」


「………………………」


 ブティックに行こうね? と、星焔が有無を言わさぬ様子で僕の手を取った。


     ☆☆☆


 というわけで冬服を買います。と星焔が言う。ギンガムチェックのスカートが欲しいのだそうだ。


「僕には流行なんぞ分からんが、もう冬のトレンドが出てるのか?」


「いんや、浅葱くんに似合いそうだから欲しいだけ。だってお揃いの柄でデートなんかしちゃったりしたらそれはもうカップルじゃない? 私もトレンドは知らないけどさ。似合ってれば流行なんてどうでもいいよ」


 星焔は上着を吟味しながら「これは違う」「あれも違う」とメンズコーナーをさまよう。服屋の一種独特な繊維の匂いが鼻につくなか僕は顔をしかめて彼女の後をついて回った。薄手のコート、テーラードジャケット、ポロシャツ、Tシャツ、いろんな服があるものだ。しかし、僕はこの匂いが苦手だった。


 僕の今日の服は白のワイシャツに黒のチノパン。紺のジャケットを羽織っていなければ学生服と何ら変わらぬ出で立ちであった。星焔は僕の事を妖怪『量産型オシャレ』と呼んで笑った。


「中のシャツを変えるだけでだいぶ映えると思うんだよね。ほら、ギンガムチェック柄のTシャツとかどう? 今の服だと全体に視線が散っちゃうからアクセントになる物が一つあれば……ね? 一気に印象が変わるよ」


 星焔が選んだのは白地に青の格子模様が大きくプリントされたものだった。


 オシャレに興味がない僕であっても量産型だとか妖怪だとか言われたら頭にもくる。


「そんなに言うんなら着てみるが、似合わなかったらただじゃおかないぞ」


「私のセンスを信じなさい」


 僕は服を受け取ると試着コーナーに立てこもった。もっとも、それが一番の間違いであったが。


     ☆☆☆


 試着コーナーはご存知の通り狭いのである。ひと一人がようやく動けるほどのスペースがあれば試着は出来るのだから広く作る必要もない。タタミ半畳分で良いのだから、とうぜん、2人も入れば狭いに決まっている。


 僕が着替えをしているところへ星焔が突撃してきたのだった。


「あはは、動けないや」


「馬鹿だ。あえて言わせてもらうけど君は馬鹿だ」


「うーん、試着室へ誘導するまでは良かったんだけどね」


 星焔の吐息が耳にかかる。とても甘い吐息が、逃れようのない距離で耳を熱くする。


 ギンガムチェックのロングスカートと黒のジャケットを持って星焔が困っていた。この色ボケマジシャンはあろうことか僕と同じ試着室を選び、しかも居座るのである。


「でもさ、この状態でもできるマジックがあるって言ったら、見たい?」


「見たくない。失敗したら目も当てられん」


「私のあられもない下着姿を見せちゃうね」


「僕は出る。お前の貧相な体なんか見たくもないわ」


 僕はさっさとジャケットを羽織ると試着室のカーテンを開けようとした。しかし、星焔は僕の手を止め、罠にかかったと言わんばかりに口の端を吊り上げて「ダメだよ」という。


「このまま出たら浅葱くんは捕まるよ。女の子がいる試着室に押し入った変態としてね」


「……………………………」


 相変わらず色仕掛けにのみ頭を使う変態である。最初からコレが目的だったのだ。僕を狭い空間に閉じ込めてじっくり悩殺しようというのであろう。


「………手品師というよりは詐欺師だな」


 頭が痛くなってくるようだ。思わず頭を押さえてうなだれていると視界の隅にパサリと落ちるネイビーのフード付きパーカーが見えた。


「……………………?」


 僕自身、意味が分かってないのでもう一度言うが、服が落ちたのである。星焔が持ち込んだ黒のジャケットではなく、彼女が着ていたパーカー。そのそばには彼女が履いていたはずのホットパンツもある。


「そんなに褒めないでよ。浅葱くんが褒めたから、マジック成功させちゃったじゃないの」


 顔を上げるのが怖かった。だって、床に落ちているのはさっきまで星焔が着ていた服で、床に落ちているってことは、星焔が脱いだって事で…………と、試着室には大きな姿見があった。僕はその事をすっかり失念して、つい真正面から見てしまったのだ。


「ねぇ見てほら、すごくない? こんな狭いところでお着替えしちゃった!」


「……あ、お、お前、腕を上げるな! 見えるだろうが!」


「……ほえ? 見えるって、なに……が………」


 星焔の視線が姿見に移る。次いで自身の胸元に伸びていき………


「あ、私、やっちゃっ……………た?」


「やらかしまくりだ! お前、パーカーの中に服着てなかったんだな!?」


「………きゃああああああああああ!」


 その星焔の姿というのが、ギンガムチェックのロングスカートを履き、黒のジャケットを羽織り、シャツを着ていなくて……まあ、言ってしまえば、ブラジャーが丸見えになっている状態だったわけだ。白地に赤色でトランプのスートがいっぱい描かれた少し子供っぽい下着が、黒のジャケットの下にあった。


 あれだけ下着が見えちゃうねとか僕を煽っていたくせに、いざ失敗して見られると恥ずかしくなるらしい。


 顔を真っ赤にした星焔がうずくまり、後生ごしょう発することもないであろう大絶叫。


 僕はすぐさま試着室から逃げ出した。店員が駆けつける前にとんずらするのである。


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