第18話  買い出しへ行こう


「浅葱くん。今から会える?」


 という電話が星焔からかかってきたので即切りすると、なんと家まで押しかけて来た。


「やっぱり寝てた。浅葱くん、都合悪い時はちゃんと教えてくれるから、教えてくれないってことは何の用事もないってこと。分かりやすいよね」


「…………何の用だ」


 天井に仁王立ちをしている天渡星焔の姿が見えた。いや、僕がベッドに仰向けになったまま首を傾けたから逆さまに見えているだけなのだが……。来るなら来ると言って欲しいものだ。


「今日は休日だよ。高校時代の休日は1日1日浪費されていくの。今日という1日は二度と取り返せないの。寝てばっかりじゃもったいないよ」


「何の用だと聞いている」


 ベッドから起きだして大きく伸びをする。さっきまでヴァイオリンを弾いていたから疲れているというのに、なぜ休みの日にまで星焔と会わなければいけないのか?


 あの恰好を見よ。ネイビーのフード付きパーカーに11月に履くには肌寒いであろう白のホットパンツ。首には金色のネックレスまで付けている。オシャレは我慢と言うが、その我慢をしてまでここに来た理由なぞ考えるまでもない。どう見ても余所行きではないか。あたかも合戦に臨む武士のごとき気概に満ちた顔は面倒事を持ってきたに決まっている。


「デートしよ」


「やだ」


 僕は音楽雑誌を手に取り外に出る意志が無い事をアピールする。が、僕のとりでだった雑誌を星焔がいとも簡単に剥ぎ取る。


「別にデートなんて付き合ってる男女だけがするものでは無いよ。それに断られるのは予想していたわ。だから理由を持ってきた」


「………はぁ?」


 その面倒事(もとい理由)というのが、僕の立場上避けては通れない面倒事であった。


     ☆☆☆


「必要な物は大体揃ったかな~~」


「じゃあ、帰ろう」


「なんで? せっかく浅葱くんを連れ出す事に成功したというのになんの成果も残せないようじゃ買い出しに来た意味が無いわ」


「ほらそう言うと思った。だから嫌だったんだ」


 相良夕空の歓迎会をやろうという話であった。会場は星焔が既におさえていて、彼女がバイトをしているカフェが夜なら貸し切りにできるという事だった。お菓子とタコ焼きの具材をたんまり買い込んでささやかな歓迎タコパをやろうというのである。(なお、用意した具材にタコは無い。すでに不安だ)


 僕と星焔は2人で街に遠征に出ている。僕達の住む町はいわゆる片田舎で、家屋やスーパーなどが集合した住居エリアと商業施設が集まった都会エリアにざっくり分かれている。カフェが都会エリアにあるので僕達は一足先にこっちへ来て、タコパを始めるときに相良さんを駅まで迎えに行く算段になっていた。


 僕は食材が入った袋をガサガサいわせながら持ち上げる。


「一度カフェに寄ってもらえると助かる。飾り付けとかもあるだろうし遊びに行くにしてもこれが邪魔だ」


「飾り付けはしちゃダメって言われてるからいいんだけど……そうだね。浅葱くんにばっかり持たせちゃ悪いもんね」


「お前が持たせたんだ!」


 星焔が「ごめんね」と言って頬を緩めた。そう答える彼女は手ぶらだ。購入した食材を次から次へと僕に押し付け、次はあの店へ行こうなんて言うのである。ふざけるなと思う反面、マジック漬けの日々を送るよりはこうした息抜きも必要だろうと思うので僕はあまり強く言わないようにしている。


 星焔の表情は日に日に色づいていくように思われた。それは表情が増えたというよりは柔らかさが増したように思う。溶けて柔らかくなったというべきか。それが良い事か悪い事かは分からないけれど、可愛さが増したことは事実であろう。


「まだ2時か~。じゃあ、あと3時間は遊べるね」


「うぉ……、時間いっぱい楽しむ気だな?」


「もっちろん。お洋服買いに行くでしょー? ゲーセン行くでしょー? カフェでゆっくりするでしょー? ああもう、やりたい事だらけだよ」


 まさに水を得た魚である。人目につかない所に行ったら何をされるか分かったものではない。意外と淫らな事はしない星焔だけど、今の彼女を自由にしたらイチャイチャべったり地獄に突き落とされること疑いないであろう。


 こんなに明るい性格だったろうかと疑問に思う時もあるけど、まあ、こんなモノだったのかもしれない。


「じゃ、カフェに寄ってからブティックに行こうね」


 星焔は僕の手を取って駆け出した。


     ☆☆☆


 叔父さんのカフェというのが表通りから離れた裏路地にあって、場所を知らなければまず発見できないような小路をいくつも曲がるのである。あたかも人目につくのを嫌がるようにひっそりと看板を掲げる様はまさしく幽世かくりよであった。


「スキア。ギリシア語で陰って意味らしいよ」


「名は体を表すとは言うけど、こんなに分かりやすい例が他にあるだろうか」


 入口を開けると、ガランガランと重い鈴の音が鳴って大正風の暗く赤茶けた内装が僕らを出迎える。カフェ『スキア』は星焔の叔父である天渡蓮治れんじ氏が経営する闇の吹き溜まり的な憩いの場。


 レンガ模様の壁。剥きだしの木の柱。わざと暗くしてあるランプの照明は暗闇を掘り出す穿孔機せんこうきである。闇と百年ももとせを強調するような内装は訪れた人を幻惑し、あたかもファンタジーの世界に迷い込んだかのような錯覚を起こさせるのである。


「いらっしゃ~~~い。……てなんだ、あんたらか。寄るなら寄るって言ってよね」


 カウンターの方から気だるそうな声が聞こえる。僕達は軽く会釈をして挨拶すると、そのままカウンターの奥へ抜けて事務所の方へと向かう。彼女は大学生の藤波さん。この店唯一の従業員であり、留守にしがちな叔父さんの代わりにいつでも店にいる。そのくせ単位は一つも落としていないというから不思議な人だ。物憂げな表情と口元のほくろが妖艶な雰囲気を醸し出す美人であった。


「おじさ~~ん……あれ、またいない」


「パチンコに行ってるよ~~ぅ。荷物ならそこに置いときな。冷蔵庫も使っていいってさ」


「は~~~い」


 星焔は買ったものを次々と冷蔵庫に放り込んでいく。きゅうりチーズパセリソーセージちくわかまぼこetc………。これらがタコ焼きの生地に包まれる事になると思うと、もののあはれを感じて、僕は自然とこうべを垂れていた。


 と、そこで僕は大事な事に気がついた。タコ焼き機が無いのである。藤波さんに訊ねると「あれぇ、そこにあったと思うんだけどな」と頭を掻きながら事務所の方に来て棚の中を漁り始めた。


「おかしいなぁ、昨日出しといたんだけど……」


「もしかして叔父さんが仕舞っちゃったのかな?」


「あ~~そうかも。蓮さんも抜けてるとこあるからな~~」


「物置きに仕舞ったってことは……」


「ありうる。今朝、ほむらちゃんたちが来るって言って掃除してたから」


 探してくるね、と裏口から外へ出て行く藤浪さんに続いて星焔までもが物置きに向かって行ってしまった。


「店番よろしくね~~」


「……僕がか?」


「だ~いじょうぶ~、客なんて滅多に来ないからさ~」


「アルバイトなんてしたことないんですけどぉ!?」


 なんだか思わぬ方向に話が進んでいる気がする。このまま見つからなかったら歓迎会はどうするのだろう。別のを買いに行くのだろうか。不安しかない。


 カウンターに座ってみるが、レジスターの使い方もコーヒーの淹れ方も分からないのである。


「誰も来ませんように誰も来ませんように誰も来ませんように」


「や、真面目に働いているかね?」


「誰も来ませんように誰も来ませんように。誰も、来ません、ように」


「おやおや、聞こえないふりをするとは傷つくじゃないか」


「……君はマジック部の亡霊じゃなかったのか」


「君とてその片割れさ」


 思わぬ客が来た。


 水色の髪をなびかせてカウンター席に頬杖をついて、気づけば七星戯曲が僕を見つめているではないか。鈴の音が鳴らなかったから本当に幽霊なのだろう。が、カフェの暗さもあってか、妙にこの空間に馴染んでいるように見えた。


「気づいたら憑りつかれると言うけれど、もう手遅れだったか」


「まあ、2年ほど前から手遅れだよねぇ」


「何をしに来た? 僕に憑りついて何がしたい」


「驚かないの? 幽霊だよ?」


「そういうのはアイツだけで充分なんでな」


 僕はカバンの中から読みさしの小説を取り出した。どこまで読んだか、しおりを挟んでいないから忘れてしまった。


「……174ページじゃない?」


「……お前」


 それを七星は本に触れただけでページ数を当ててしまったではないか。たしかに、このページに記述された内容には見覚えがある。


「優れた手品師は指先の感覚も鋭くないとね」


「……………………」


 なんだか思わぬ方向に話が進んでいるようだった。


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