第17話 消失マジック 3
金庫に隠れたのだった。
小学2年生の頃だっただろうか。友達とかくれんぼをしていた時に、山の中にあった金庫に隠れたのだ。友達の家が持っている小さな山で遊んでいたから、みんな岩の後ろとか木の上とか落ち葉の中とかそんなところに隠れていた。だけど私は何を思ったのかふと見つけた金庫の中に隠れたのだった。
それが失敗だと気づいたのは金庫の扉を閉めた直後だった。グラッと揺れたかと思った次の瞬間には、頭が下にあった。
私が入った時の振動で金庫が斜面を落ちてしまったらしい。
「きゃああああああぁぁぁぁぁぁ!」
硬い箱の中で感じる浮遊感ほど怖いものは無いと思う。床に足がついているのに浮いているという感覚。どれだけ踏ん張っても自分の意思とは関係なく落ちていく感覚。そして、ふいに顎を強打した時のような痛みが連続で全身を襲うのだ。
ガツン、ゴッ、ドン、そんな衝撃が体のあちこちを打つ。いつ終わるかも分からない恐怖と痛いという現実的な怖さがずっと続くのだ。小学2年生の女の子にとってどれほどの恐怖体験だったか。痛みと暗闇の中で私は気を失った。
……………………………………
…………………………
……………
☆☆☆
「………ら、星焔! 目を覚ませ!」
目を覚ますとマジック部の部室にいた。目の前には暗闇ではなくて会いたい人の顔。
「……よう……にいちゃん?」
「星焔! 気づいたんだな……良かった」
浅葱くんがホッとした様子で胸を撫でおろす。どうやら、私は先輩のマジック中に気を失って夢を見ていたようでした。
とても怖い夢でした。
「天渡クン……すまない。怖い思いをさせてしまったようだね」
「先輩……いえ、別に先輩のせいじゃないですよ」
「それでも謝らせてくれ。すまなかった」
雲英星先輩が頭を下げる。と、それを見た夕空ちゃんも慌てて頭を下げる。
「あ、わ、私も! 何も知らずにほむら先輩を止められずにいて、ごめんなさい!」
「夕空ちゃんまで……いいっていいって。たぶん、先輩のマジックの全容を知ってても私は挑戦したと思うから。それで、浅葱くんが無理やり一緒に入って、けっきょくこうなっていた。だからいいのよ」
それに、大きな収穫もあったしね。と浅葱くんを見ると、彼はなんだか渋い顔をしていた。
「少しくらい怒ってくれないと僕の立つ瀬がない」
「どうして? 浅葱くんがいなければ私はもっとパニックになっていたよ。それに記憶が戻ったなんて知らなかったし」
「……………………」
「むしろお礼を言わなきゃ。先輩にも、もちろん夕空ちゃんにも」
「………どうしてそう明るくいられるんだい?」
「良い事があったから……かな?」
「良い事……?」
夕空ちゃんが不思議そうに首をかしげるけれど、こればっかりは言えない。
浅葱光陽の記憶喪失が少し改善した。それは、2人だけの秘密だから。
「えへへ、ないしょっ」
「わ、とてもいい笑顔。もしかしてずっと抱っこしてもらってたとか?」
「それよりももっと良い事だよ。ね!」
「………まあ、そうだな」
浅葱くんが照れ隠しのためか頭を掻いた。彼は記憶を無くす前もそうだった。私が笑いかけると恥ずかしそうに俯いて頭を掻くのだ。
「顔、赤いですよ。部長さん。何やったんですか」
「う、うううううるさい!」
ああ、懐かしいなぁ。
自然と笑みがこぼれた。もう少しであの日々が戻ってくると思うと、胸がわくわくするような、待ち遠しいような、不思議な気分になった。
あの日もそうだった。金庫の中で泣いていた私を見つけたのも浅葱くんだった。
あの頃の浅葱くんは、いまよりもずっと明るくて可愛かったのだ。
でも、あの事故のせいで浅葱くんは変わってしまった。もっとも、今は今で好きだから私は困っていないのだけれど。
「ねえ、浅葱くん」
「なんだ?」
「………やっぱ、なんでもない」
「なんだよ……気になるだろ?」
記憶なんて無くても良いよって言ったら、浅葱くんは怒るだろうか?
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