第16話 消失マジック 2
さて、体操服に着替え終わって部室に戻れば、なんと星焔もロッカーに入ると言い出したではないか。
見れば彼女も体操服に着替えており長袖ジャージに半ズボンという可愛い出で立ち。そして、なぜかとても良い匂いがした。
「あなたのトリックが分かった」と腕を組んで仁王立ちしているが、なぜかかたわらにいた雲英星先輩と相良さんが息を荒げている。いったい何があったのだろうか?
「こ、こんなところで着替え始める馬鹿がどこにいる! 君には恥じらいというものがないのか!」
「そうですよ! 窓もドアも開けっ放しで、部長さんに見られたらどうするつもりだったんですか!?」
「浅葱くんなら、別にいいかなって」
「「よくない!」」
どうやら、また星焔がやったらしい。
「ただちょっと着替えただけじゃない? スカートの中に短パン履いてたし、ただブラウスを脱いで上着を着ただけなんだけどなぁ」
と、星焔が不思議そうに首をかしげる。彼女はそこらへんの羞恥心がねじ曲がっているのだが、それを知らない2人が驚くのも無理はないだろう。
「お前さ、僕以外の人に見られる可能性考えたか?」
僕がそう言うと、とたんに顔を赤らめて俯いた。
「……あっ」
「気づいてなかったろ。次から気を付けろよ。まじで」
「…………うん。そうだった。広くなったから廊下側の窓から見えちゃうんだね」
星焔とて男子に下着を見られるのは恥ずかしい事であろう。が、僕に見られる事はなんら気にしていないらしく、マジック部の部室で突然着替えだす星焔を僕は何度も目撃している。(もちろん僕はすぐに目を閉じるが、心臓に悪いからやめて欲しい)そのくせ他の男子に見られる事は恥ずかしがるらしく、星焔に理由を聞けば「だって男子に見られるんだよ?」と即答なのである。意味が分からない。
「光陽クンに見られるのはよくて、他人に見られるのは恥ずかしいのか……? これで一線を越えてないなんて信じられないな」
「え、付き合ってないんですか!?」
「らしいぞ。意味が分からん」
「………幼馴染とは聞いてましたけど……お風呂一緒に入ったことがあったとしても恥ずかしいと思いますよ」
2人も呆れかえっている。女子から見ても不可思議という事は、やはり星焔の羞恥心がイカレているのであろう。
「じゃあ、付き合っちゃえば解決ってことだよね。浅葱くん」
「臭いものに
これと狭いロッカーに閉じ込められる危険性を、読者諸君は理解してくれただろうか。
☆☆☆
「本当に入るのか。光陽クン。いまなら引き返せるが、それもしないと言うんだね」
雲英星先輩がそう確認する。僕は黙ってうなずいた。
「中で何が起ころうとも私は責任を負いかねる。あくまで自己責任だ。そこは理解してくれるね?」
「分かってます。でも、一度入ったことがある僕が行かなければならないんです」
「……そうか。どんな危険が待っているかは私にも分からない。心してかかるように」
「はい」
僕と先輩はがっちり握手を交わす。もちろん先輩のマジックが危険なのではない。星焔の事である。
「別にとって食ったりしないよー。私はただマジックに興味があるだけ」
「でも、ほむら先輩って何をするか分かりませんから……いろんな意味で」
「ゆあちゃんまでそんなこと言う」
ロッカーの中は1m四方の狭い空間である。自然と肌が触れあう距離にあって、星焔の顔はつやつやしているようである。
「じゃあ閉めるけど……光陽クン。何かあったらすぐに大声を出すように」
「だから襲ったりしませんから!」
ギィィとロッカーの扉が閉められる。完全に閉まり切ってしまうと狭い空間に星焔の良い匂いがふんわりと満たして僕は思わずドキドキした。
「……なんで誰も信じてくれないのかなぁ。私は本当にマジックの仕掛けを知りたいだけなのに」
「日頃の行い……だな。これに懲りたらもう少し
「……はーい」
星焔の声に元気が無かった。どうやら雲英星先輩と相良さんの言葉に少なからず傷ついているようである。無敵の人と思われた星焔でも人の子であった。それが分かって少し安心だ。
「……でも、嫌なら一人でもよかったんだよ? なんで浅葱くんも一緒にいるの」
「まあ、これは知らないと怪我するしな。ほら、もっとこっちに寄れ」
「え? ひゃあ!」
「じゃあ始めるぞー」と声が聞こえて、壁が回転を始めた。とてもゆっくりとしたペースだがそのうち壁が現れてロッカー内を分断するであろう。このマジックの最も危険なところはこの壁に挟まれてしまう可能性があるところだ。
僕は星焔を抱き寄せる。彼女はこの仕掛けを知らないから怪我をする危険がある。だから知っている僕が守ってやらねばならないと感じただけだ。
「暴れるな。僕の動きに合わせて歩いて」
「あ、は……はい」
「あと、壁に触れないように。ロッカーとはいえ、マジックのための木製だから肌を擦ると痛いぞ」
「うん………うん………」
「出てくるのはロッカーの側面の壁だ。だから、ドアと対面になっている壁から離れないように、このまま歩いて。………なんか静かだな」
「………………だってぇ」
星焔の声は普段より1トーン高いようだった。耳元まで真っ赤である。囁くような小声が耳元をくすぐるのは、彼女にあるまじき事態であった。
「……ぅん」
星焔は小さな子供のように服を掴んでいた。
☆☆☆
ロッカーの仕掛けは3回転で完了する。
「よし、これで中の2人は消えてしまったよ」
「……こういうのって普通はステージの下に降りたり、箱の後ろに開いてる穴から出たりすると思うんですけど……本当に消えてしまったんですか?」
「なら、確かめてみるかい?」
外からそんなやり取りが聞こえる。ガチャリとドアが開く音がして内部に光が差し込んだ。
「………あぅ………あぅぁぅ」
「静かに。今しゃべったら台無しだ」
「……う、うん」
とても狭いところにすし詰めになっているせいで僕らは腕を絡めないと立てないくらいだった。息をするのも苦しい狭さである。今すぐにでもここから出たいが、先輩のマジックを台無しにするわけにはいかない。
「いない。本当に消えちゃった………」
「では、これから2人を呼び戻すよ」
「どうやってるんだろう……回転に意味があるんだろうけど……」
これからロッカーが逆回転する。時計回りに回せば壁が出て、逆時計回りに回せば壁が引っ込むのである。
「もう少しの辛抱だ。怖いかもしれないけどすぐ出られるからな」
密着しているせいか星焔の震えがとても伝わってくる。彼女は暗くて狭いところが苦手なのだ。僕がここにいる一番の理由がこれであった。
「……もしかして、私が苦手なの思い出したの?」
「思い出したもなにも、小学生の時にかくれんぼしてたら置いていかれて……? あれ、本当だ。なんで知ってたんだろう? いつ聞いたんだ?」
「……………………」
「だって……あれ? なんで苦手なんだっけか。小学生の時に……」
「……………………」
徐々に壁が開かれる。
ありもしない記憶に困惑する僕と、僕にすがりついて震える星焔。
彼女は閉所恐怖症であり暗所恐怖症でもある。
……なぜ、僕はそれを知っているのだろうか。
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