第15話 消失マジック 1


 ようやく部室を片付ける日が来た。星焔のコイントスによって席順を決める謎の儀式はほぼ形骸けいがい化され3日目あたりから星焔が手招きをするようになった。そこまで行くと逆に相良さんが気をつかうようになりソファを譲ってくれたりしたのだが、そんな無用な気遣いも今日まで。


「とりあえずこの3分の1かな。さすがに全部は無理らしいけど屋上への階段の裏に移していいという事だったから、今日の部活は片づけから始めるぞ」


「「おおーーーー!」」


 星焔と相良さんがそろって拳をあげる。手にはほうきぞうきんバケツにハタキ。掃除する気まんまんと見えてなんとも頼もしい。


「部屋が広くなるのは大いにけっこうだが、なぜ私までかり出されるのか甚だ疑問だよ。君、私は引退した3年なんだよ。こういうことは現役でどうにかしてくれないと困るな」


「いいじゃないですか。先輩だって部室を広くしたいと常々言っていたのだから手伝ってくださいよ。する事が無くて暇だとこの前言ってたでしょう?」


「…………君も言うようになったなぁ」


 雲英星きらぼし先輩が口をとがらせる。頭に巻いた三角巾は相良さんが用意したものだった。もう無関係だと嫌がる先輩を引っ張ってきたのも彼女に他ならない。


「先輩の作ったマジックの装置がこの中にあるんですよね? 私、雲英星先輩のマジックに憧れてました! ノートもいっぱい読みました。だから、マスターしたいんです」


「なんだね、このキラキラしたちっこいのは」


「相良夕空と言います!」


「君みたいにまっすぐな良い子がいていい場所じゃないんだ。いいかい、このマジック部というところは青春を嘘とたばかりに費やす愚か者の墓場なのだ。悪い事は言わないから今すぐ逃げなさい。こんな奴らに構わず」


「え、え、でも、ほむら先輩も部長さんも良い人ですよ」


「かわいそうに。君も彼らに毒されてしまっているんだね」


「ひどい事を言いますね。私はただ夢を見せているだけですよ。マジックなんて手段に過ぎない。謎と不思議にいざない魅了する。ただそれだけです」


 星焔がバケツの中から、どう見ても入り切らない大きさのほうきをするすると取り出して言った。星焔と先輩はなぜか仲が悪く、犬猿の仲とはいかないまでも、先輩が部室から遠ざかる充分な理由になるほどにはいがみ合っている。


「先輩だってマジック部を残したいんじゃないですか? こんなに狭い部屋じゃもう勧誘なんて出来ません。勧誘したって場所が無いんですから」


「……………」


「可愛い後輩に肉体労働をさせるのは元部長としていかがなモノかと思いますがね」


「……君にだけは言われたくないな。特に部活については」


 パシッとほうきを奪い取って、やるぞーと雲英星先輩が腕まくりをする。相良さんがビックリしているがこれが2人のいつものやり取りである。安心してほしい。


「僕が重い物を運んで行くからみんなはここを掃除してくれ」


 という訳で、マジック部創設以来の大掃除が始まったのだった。僕は机や椅子を運び雲英星先輩の指示の下で星焔たちが窓を拭いたり床を掃いたりして、その間とくに何事も起こらなかったので割愛する。


     ☆☆☆


「これが先輩の作った『人が消えるロッカー』ですか!」と、相良さんが余計なものを見つけた。


「……ん、ああ。よく気づいたね」


「人が消える? ただのロッカーに見えますが……」


「おやおや、天渡クンでも分からないマジックがあるのかね」


「むっ どうせ仕掛けにこだわった大味なトリックなんでしょう? 私が見抜いてあげますよ」


 僕が最後の机を運び終わったとき、マジック部の部室ではちょっとした騒動が起こっていた。と言っても星焔と先輩が言いあっているだけだが。


「ほぉう? 言うじゃないか。なら誰か実験台がほしいな………おっ」


「あっちょうどいいじっけんだ……部長さん!」


「浅葱くん、ちょっとこちらへ」


 部室に足を踏み入れた瞬間、女子3人が一斉に僕を振り返った。なんだか嫌な予感がしたけれど、彼女らの傍らに見覚えがあるロッカーが置かれていたので、全部察した。


「……というわけで今から光陽クンを消したいと思いまーす」


「いぇーい……じゃないわ! なんですか僕を消すって!」


『人が消えるロッカー』というのは先輩が昨年の文化祭で展示するために作ったマジックである。仕組みは簡単で、ロッカーの床と壁が分離しており、壁を回す事により内部の歯車が動いて、ロッカーの中に小さな壁を作り出すのである。なので中に入る人は後ろの壁際に立つことを強要され、壁が回る関係上、体のいろんなところを擦ってめちゃくちゃ痛い。しかも、出現した壁とロッカー本来の壁との隙間は30センチくらいしかないのでとっても狭いのである。


「せめて服だけ着替えさせてください! 制服が汚れるでしょう!」


 僕はあの苦痛を昨年味わっている。また味わうにしても汗を吸った制服で狭い所に閉じ込められるのだけは勘弁だ。しかも、1年間ほったらかしにされたロッカーの中はかび臭いに違いない。


「それくらいなら良いだろう。すぐに戻ってくるんだよ」


 雲英星先輩と相良さんがやれやれと肩をすくめるが、僕はこれでもきれい好きなのである。


「……………………そういうこと?」


 星焔の何かを察したような俯き顔だけが、不安であった。


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