第12話 相良夕空とステディコイン


 ついにこの日がやってきた。僕が待ちに待った日である。


 念願の新入部員である相良夕空の入部の日だ。


「えっと……1年C組の相良夕空です。カードマジックしかできませんけれど、いろんなマジックの勉強ができたらいいなって思います。よろしくお願いします。ほむら先輩」


「うん。よろしくね」


「あれ、僕は?」


「いや、部長さんはちょっと……特にマジックができるわけでもないし……」


「おぉう、ハッキリ言うねぇ……」


「浅葱くんには私がいるからいいじゃない」


「なんで全部そっち方向に持って行くんだ。お前は」


 相良さんは星焔に向かって頭を下げる。星焔は僕の制服を掴む。なんだか今後の関係性が露骨に透けて見えるような自己紹介だったが、ともあれ、ようやく3人目の部員である。この3人という人数は僕にとって非常に大きな意味を持つ数だった。


「これでようやく部活としての体裁ができたな。部活動として認められるには3人の部員が必要。つまり、マジック部が正式に認められる人数となったわけだ。高校生向けの大会にも出られるようになったぞ」


 僕は棚からいくつか雑誌を引っぱり出してきて机に広げた。それはアマチュア向けの大会を特集した記事であったり高校生向けのマジック甲子園という大会についてかかれた記事などが載っているのである。


 マジック部の名を挙げるためにはともかく実績が必要である。全国から有望な人材を募るためにも大会での優勝は必要事項だと考えていた。


 相良さんはその中の一つを手に取ってめくりながら不思議そうに言った。


「これまでも大会には出ていたわけでしょう? だって学校のホームページにも活動実績が載っていたし、ほむら先輩のインタビューも読みましたけど、まるでようやく出場資格が得られたような言い方をするんですね」


「ああ、あれな、あの大会全部プロ向けなんだ」


「……プロ向け?」


「あれ全部、コイツが個人的に出場して優勝した大会なんだよ。……な?」


 僕はちらりと星焔を見た。すると星焔はきょとんと首をかしげる。


「……世界大会とかありましたけど、まさか、プロの世界大会で優勝してるんですか? だから、学校の活動実績には書けない……と」


「そうだけど、それがなにか?」


「……………え、マジですか。この人、本当に天才なの?」


 星焔がこともなげに肯定する。そうなのだ。これまでの活動実績の全部が、星焔が個人的に出場して優勝したプロ向けの大会なのである。アマチュア向けの大会には興味が無いし、高校生向けの大会には規定人数を満たさないので出場できない。僕は下手くそだから当然勝ち抜けない。よって、今年1年間の実績のほとんどが星焔の活躍なのである。


 だからこそマジック部の活動実績として大々的に宣伝する事ができなかったのだが、それも今日まで。相良さんが入った事によってようやく宣伝できる実績が手に入る準備が整ったのだ。


「どうりで、前は断られたわけだ……」と、相良さんが呟いた。


「そんなすごい所に勧誘してもらえるなんて思ってもみなかった……いまさらトリハダが立ってきました。本当に私なんかがいて良いんですか?」


「いていいも何も、僕達が勧誘したんだから気にすることないよ。むしろ入ってくれてありがとう」


「――ッ 私、精一杯頑張ります!」


 相良さんが勢いよく頭を下げる。そのあまりの勢いに自慢の茶髪ポニーテールが振り上げられて僕の脳天にチョップをかました。


「……………」


「あ、ごめんなさい! 大丈夫でした!?」


「とりあえず、活動第一号は物置きの片づけからかなぁ……」


 星焔がぽつりと呟く。マジック部は狭いのである。


     ☆☆☆


 とはいえ、幾何学きかがく模様のように積み上げられた椅子デスク本棚束になった書籍類その他もろもろを僕達だけで片づけるのは困難である。顧問の先生もすぐに片付けるのは場所の問題もあるし……と困っていた。


「というわけで、コイントスで席順を決めようと思うの」


「席順と言っても、ここには二人掛けソファ1つしかありませんけど。座れない人は立つということですか?」


「まさか、みんながソファに座れる妙案があるよ」と、星焔が金色の硬貨を連続で弾きながら言った。(連続というのは、落ちてくる硬貨を親指の爪で受け止めてまた弾き上げるという意味である。こんな手遊びをするやつを僕は初めて見た)


 急な大掃除が認めてもらえるわけもなく、そもそも、置く場所に困ったものを詰め込んでおく場所が物置きなのだから、その置く場所に困ったものをさらに処分しようと思えば学校にお伺いを立てる必要がある。その準備には1週間ほどかかるという事だった。その間ずっと立ち続けるのもつらいので日替わりでソファに座れる人を決めようとなったのだが………


「……お前の腹が読めたぞ。ダメだ。僕が立つ。だから君たちが座れ―――――」


 ところが、僕が言い切るまでも無く星焔が肯定を示した。


「浅葱くんには最初からソファに座ってもらってて、コインの表が出たら私が浅葱くんの上に、裏が出たら相良さんが浅葱くんの上に座るの。どうかな」


 やっぱりか。


「「いやだ!!」」


 僕達は同時に叫んだ。


「なんで?」


「なんでもくそもあるか! お前ぜったい表しか出さないだろう!」


「そうですよ! なんでどっちかが部長さんの上に座らなきゃいけないんですか! そんな、は、はははハレンチな!」


「じゃあ私が浅葱くんの上ってことでいい?」


「「それもダメ!!」」


 僕達はそれぞれ違う意味で拒否を示したようだが、星焔の提案が呑めないのは一緒のようである。


「……むつかしい人たちだなぁ。じゃあ、もし私が10回連続で表を出せたら浅葱くんの上に座るね。これなら文句ないでしょ」


「……それは、マジックってことですか? ステディコイン?」と、とたんに目を輝かせて相良さんが言った。さっきまで拒否を示していたくせに、星焔のマジックが見られるとなれば、興味がコロッと移るらしい。


「そう。見たい?」


「見たい。見たいです!」


「いいよ。可愛い後輩のためだもの」


「やったぁ! 嬉しいっ」


 このままだとマズイ事になる気がする。星焔の仕掛けた罠に相良さんがはまっていくのが手に取るように分かる。


 どうやら相良さんも極度のマジック好きのようだ。それを見透かした星焔がとどめの一言を放つ。


「でも、浅葱くんが承諾してくれないんじゃやる気でないなぁ」


「分かりました! 私が押さえつけておきますから!」


 ほらね。相良さんはソファの後ろに回って僕の肩をしっかりと抑えつけた。


 2人きりの状況を打破すれば星焔も好き放題できまいと考えたが、これは、むしろ強力な助っ人を与えただけなのではないだろうか。僕は先が思いやられて不安だった。


     ☆☆☆


「こうやって人差し指と親指で挟むの。で、指をスナップさせてコインの向きを変えてから、弾く」


 キィィンと僕の目の前でコインが宙を舞った。そのコインはまっすぐ僕の上に座る星焔の手のひらに吸い込まれていき………


「表だ………」と、相良さんの顔を輝かせた。


「はい。これで30回連続で表。弾くときに向けたい面を上にしておくのがコツよ。ただ、力加減が難しいんだけどね」


「うわぁ、すごいなぁ……そんなバランスの悪い所でも成功させるなんて……」


「違うよ。浅葱くんの上だから成功できるの」


 ねー? と、星焔が僕に背を預けながら言う。だいたい頭頂部が僕の頬のあたりにあるが、ふくらはぎから首の裏までを押し付ける完全な密着状態だ。ステディコインとやらを駆使して得た勝利の美酒を味わうがごとく愉悦の表情。


「なんでもいいけど、いつまでこうしてるつもりだ?」


「片付けの許可が下りるまで……かな」


「部長さんはほむら先輩のために我慢してください」


「……………………」


 星焔は身長のわりに体重が軽い。マジシャンとして体型維持にとても気をつかっているからだろう。無駄な脂肪の無い体で、そのくせ柔らかくてなんだかコロコロしている。つまりはこれが女の子の柔らかさなのであろう。それを意識したとたん、星焔の甘い香りまで漂ってくるようだった。


 こんな状態が1週間も続くのだ。


 星焔の可愛さが神経毒となって僕の体に回るのが先か、片付けの許可が降りるのが先か。


 僕は不安しかなかった。


「ちなみにさ、浅葱くん。この状態で前かがみになったら……見えちゃうね。どうする?」


「ほ、ほほほほむら先輩!? ダメですよ!」


 僕は、不安しか、なかった。


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