第9話 彼女はイカサマをしている 1
1年生にカードマジックの天才が現れたという話であった。星焔はあまり興味が無さそうだったけれど、マジック部の部長たる僕にしてみれば願ってもいない新入部員候補である。マジック部はいつだって廃部の危機だ。部員が増えなければこの崖っぷちを脱することもできない。
「スカウトに行く。断じて僕はスカウトに行くぞ」
「……行っちゃうの?」
「ああ、行くとも」
「……そっか、寂しいな」
「すまないな。お前を一人残してしまうのは心苦しいが……」
「ううん、いいの。浅葱くんが行くなら私もついて行く」
「じゃあこれまでのやり取りは何だったんだ」
というわけで僕達は1年教室へと向かった。
☆☆☆
1年生教室はマジック部と同じ3階にある。A組からE組までの5クラスがあり、噂の天才はC組に在籍しているという事だった。
「ねえ、君たち。
「んー、ゆあちゃんなら教室にいると思いますよ」
「あ、そこそこ。いま男子集めてカード勝負してます」
僕はC組前の廊下にたむろしている女子生徒たちに話しかけた。一学年上の男子の先輩に突然話しかけられて迷惑そうにはしていたけれど、メガネの子が教室内を指さして教えてくれた。「ありがとう」と僕はお礼を言って教室へと足を踏み入れる。
すると、教室の全方位に背中を向けてたむろう男子生徒たちと一人の女子生徒の姿を隅っこの方に発見した。
「君が相良さんかい。僕はマジック部の部長だけれど……」
「浅葱くん待って」
ところが星焔が僕を手で制した。「彼女はイカサマをしている」
「なんだって? イカサマ? なんでそんな事が分かるんだ」
「だってあの手つき。セカンドディールで配るトランプを選り分けてる手つきだもの」
「セカンドディールって……たしか、トランプを配る時に一番上じゃなくて2枚目のカードを配る技術だったか。……よく見えるな」
「天才だもん」
イカサマをしていると言われれば、たしかに女子生徒を囲む男子の雰囲気が異様に殺気だっているようである。まるで全員で結託して彼女を負かそうとしているような、そんな
他の生徒は教室の隅でカード勝負をしている彼らを避けているようだ。
「まあ、それくらいくせ者の方が面白いだろ。行くぞ」
「まあいいか。天才マジシャンは一人だけでいいしね」
マジック部自体が辺境の地にある離れ小島なのである。衆人環視の前で堂々とイカサマをやってのけるくらい肝の据わった人の方がスカウトしやすいだろう。
となると、星焔に任せる方がスムーズでいい。僕が「頼めるか?」と問うと、問題ないと言うふうに頷いて女子生徒に声をかけた。
「ねえ、そこのあなた。トランプを見せてもらってもいいかしら?」
「……誰ですか」
「あなたを負かす天才マジシャンよ」
「………はあ」
カード勝負の輪にずかずかと割って入る星焔を生徒たちが迷惑そうに見上げた。女子生徒のチラリと眉を上げて一瞥をくれるさまは、あたかも不正を行っている小悪党であった。
「……ああ、雑誌で見たことあります。高校生にしてプロ級の実力を持ってるって噂の、えーと」
「天渡星焔よ」
「ああ、そうそう。いまさらマジック部の方が何の用ですか?」
「あなた、マジック部に入らない?」
「……はあ? ……いや、いいです。一人でもマジシャンにはなれるので」
まあ、いきなり教室に訪れて部活に入れと言われたって困惑するだけだろう。そんな先輩は僕だって嫌だ。
「まあまあ、君はカードマジックが上手いと聞いているよ。1年生一人だけというのは心細いかもしれないけれど、君が居てくれると心強いんだ」
「………………………」
「なんか、嫌われてない? 僕」
「浅葱くんには私しかいないって事だよ」
「それは断じて違う」
………けれど、たしかに相良さんからは嫌われている。僕が話しかけたときとても嫌そうに口を曲げて黙り込んでしまったのだ。
どうしたもんだろうと僕が迷っていると、ふいに星焔がこう言い出した。
「じゃあさ、私とあなたでトランプ勝負をしましょう? 私が勝ったらあなたはマジック部に入る。あなたが勝ったら……そうね、私のとっておきのトリックを教えてあげる。これでどうでしょう?」
相良さんの様子からしてとても受け入れてくれるとは思えない提案だった。彼女は少し考え込むように俯くが、その答えは明白であろうとおもわれる。
「良いですよ。天才マジシャンのとっておき。興味があります」
ところが意外にも、相良さんは勝負を受け入れたのだ。
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